第七十章 根本的に彼は遊戯に飢えている⑥ ☆
「すごい……。上岡が……あの神無月夕薙さんを翻弄しているのか」
その歴然たる事実は拓也の視線をステージへと釘付けにした。
「私達がーーあたし達が『エキシビションマッチ戦』に勝利するために。そして、これからもみんなと共に居るために。ーーお願い、進、あかり、頑張って」
綾花は口振りを変えながら、意を決したように進に声援を送る。
そして、拓也とともに前へと進む。
激闘が続く元樹と陽向の戦いの場所に向けてーー。
「……なかなか、きついな」
元樹は幾度か陽向と交錯し、翻弄するものの、決定打となるほどのものではなかった。
魔術道具が使えるとはいえ、舞波は透明化していてどこにいるのか分からない。
それに由良文月さんの魔術はかなり厄介だな。
そんな不利な状況の中、元樹は戦局を変える突破口を開くために模索する。
「くっ……。『エキシビションマッチ戦』の最中だというのに容赦ないな」
「ふわわっ、たっくん、どうしよう……」
そこに文哉の魔術の連打から難を逃れるように、拓也と綾花が駆け寄ってきた。
魔術による乱打戦。
周囲にも何らかの影響が生じているはずなのにーー。
「これだけの騒ぎになっているのに、いまだに誰もこの異常事態に気づいていないのか?」
元樹はその後に続く言葉を口にすることを躊躇う。
だが、それでも形にする。
「この状況で、もしあの時のような時を止める極大魔術を陽向くん達に使われたら成す術がないかもしれないな」
元樹はあの時、陽向達が使っていた極大魔術を警戒した。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦。
そこで陽向達が行使した、時を止めるという極大魔術。
もし、その極大魔術がこの場で行使されたら、元樹達を取り巻く状況はさらに悪化していたはずだ。
しかし、魔術の知識という特異な力の持ち主である玄の父親であっても、極大魔術を使うためには阿南家の者達の助力を必要としている。
だからこそ、玄の父親は執拗に輝明達を自身の味方に引き込もうとしているのだろう。
渦巻く陰謀と魔術が取り巻く異常性。
元樹達が知らない間にも、それは世界の裏側で蠢いている。
「元樹、これからどうする?」
「まずは舞波の居場所を突き止めないとな」
拓也の疑問に、元樹は周囲を視野に入れながらそう判断する。
「先程、上岡が舞波の声を聞いたみたいだ。舞波の性格からして、綾の近くにいる可能性が高いな」
静かに紡がれる元樹の言葉は、既に昂が綾花の近くにいることを確定事項としていた。
そして実際にーー。
『そのとおりだ! 我は綾花ちゃんの近くにいるのだ!』
その言葉どおり、昂は綾花の近くで必死にわめき散らしていた。
『綾花ちゃん、我はここにいるのだ!! 気づいてほしいのだ!!』
「舞波くん……」
玄の父親との戦闘の合間を縫って、昂は綾花に触れようとする。
しかし、その手は虚しく虚空を掴んだ。
物理干渉のできない今の昂は綾花達に触れることはできない。
『我は何としても綾花ちゃんと再会を果たすのだ!』
めげずにそう意気込むものの、昂の声は一向に届かない。
ただーー。
「舞波は既に魔術を発動していると思う。それなのに会場内に被害が出ていないのは、舞波が物理干渉することができないからかもしれないな」
元樹は今まで昂が行った行動を推測していた。
「俺達は、何をすればいい?」
「綾を護ってほしい」
玄の問いに、元樹は間一髪入れずに即答する。
「舞波は恐らく、綾のそばにいる。ただ、いまだに黒峯蓮馬さんが俺達の前に姿を見せていないのは気がかりだ」
「魔王がこの近くにーーって舞波か。なんていうか、俺としては魔王の方がしっくりくるけれどな」
大輝がさらに不可解そうに疑問を口にするが、元樹は気にすることもなく言葉を続ける。
「もしかしたら、この近くで戦局を傍観しているかもしれない」
元樹の訴えに、玄はため息とともにこう切り出してきた。
「だが……もし、父さんが既にこの場に来ている場合はどうするんだ?」
何のひねりもてらいもない。
ごく当たり前の疑問を口にしただけの言葉。
驚きに染まった元樹をよそに、玄のその明眸には確かな決意が宿っていた。
「この場に来ている?」
元樹は玄が発した言葉の意味を咀嚼する。
「……なるほどな。確かに黒峯蓮馬さんも舞波と同じく、透明化しているかもしれない。魔術の知識の力は、いまだに未知数なところがあるからな。それに透明化すれば、俺達に把握されることもなく、目的を果たすことも可能だろうしな」
元樹は最悪の予想を確信に変える。
玄の言葉が真実だというならば、これから起こるのは最悪だ。
しかし、食い止める機に恵まれたとも言えるだろう。
綾花を完全に麻白にするーー。
玄の父親の固い意思。
拓也は改めて、綾花を失うかもしれない恐怖に鼓動が乱れた。
「綾花を絶対に守ってみせる!」
「ああ。綾を守ろうな」
綾花達を護る意志と確かな願い。
拓也と元樹は信頼するように言葉を交わし、それぞれの持ち場を決める。
「……声が聞こえたのなら、たとえ姿が見えなくても場所を把握することはできるはずだ」
「魔王には圧倒的な存在感があるからな」
最早、玄と大輝も寸毫として迷わなかった。
玄の父親達と改めて、向き合う覚悟を決める。
「圧倒的な存在感か。それが舞波昂くんが魔王である所以なのかもしれないな」
奇妙に停滞した心の中で、文哉は確かな想いを乗せた。




