第六十九章 根本的に彼は遊戯に飢えている⑤
「……ああ、そうこなくちゃな」
そう告げる輝明の口調に、先程までの逡巡や不安の揺れはない。
輝明の振る舞いに、焔は心から安堵し、意思を固めた。
「輝明、おまえは俺が唯一、認めた主君なんだからよ! 全てを覆せるだろう!」
いつもの強気な輝明の言葉に、焔は断固たる口調で言い切った。
「魔術の本家達の虚を突くのは俺達の役目だ! あらゆる隔たりも関係ねえ! 俺は阿南家の存在を、魔術の本家の者ども、他の魔術の家系の者どもにーー世間に認めさせたいんだ……!」
理想を心に、けれど歩む道には犠牲が十分に伴ってきた。
全てを拾うには、己の掌は余りにも小さ過ぎるのだと知っている。
(これは俺達の意地であり、確固たる信念だ)
だからこそ、焔は期待を込めた眼差しで主君である輝明を見つめた。
主従関係を結んでいる輝明と焔。
それぞれ、個性も指標も考え方も違っていたが、その剽悍さは昂の及ぶところではないように拓也には思えた。
「綾花、大丈夫だ。俺達も元樹の……そして、玄と大輝のサポートに回ろう」
「うん。たっくん、ありがとう」
拓也の決意に、綾花の心に確かな勇気が沸いてくる。
そこに立ち塞がったのは文哉だ。
「さて、私に立ち向かう君達の覚悟を確かめる必要があるな」
文哉は言を紡ぎ、魔術を展開する。
それは『魔術』というよりも一種の『芸術』だった。
「行くぞ、綾花」
「うん」
文哉の魔術が放たれる前に、拓也と綾花は疾走する。
「相変わらず、文哉さんの魔術は綺麗ですね~」
文哉の華麗な魔術。
その魔術を目の当たりにした文月は声を華やかせた。
魔術の本家の一つ、黒峯家には、芸術を媒介とする魔術が伝わっている。
その使い手の名を黒峯文哉。
己が青春を犠牲にして、その知と才を受けた者である。
そしてーー
「由良文月は、カウンター式の地形効果を変動させる魔術を使う侮れない実力の持ち主だ」
輝明は観戦席から、あかりに憑依している進と夕薙のバトルを垣間見ながら鋭く目を細める。
「神無月夕薙は、地形変化による魔術によって相手を翻弄する。だが、由良文月の魔術は、相手からの魔術の発動によって効果を発揮するものだ」
輝明は動きを見せない文月と夕薙の動向を警戒する。
二人は今は傍観に徹しているのか、元樹達の戦いに参戦してこようとはしない。
もっとも夕薙の場合、進と対戦中のため魔術による干渉ができないのかもしれない。
「その余裕は認めねぇ。今度は容赦なく行くぜ」
吹っ切れたような言葉とともに、焔はまっすぐに文月と夕薙を見つめた。
文月と夕薙が行使する魔術は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』で二人が使用する固有スキルに酷似している。
それは以前、元樹が推測したどおり、魔術の使い手達は自身が操る魔術を固有スキルに生かしている事に繋がっていた。
阿南輝明くんと阿南焔くん。
この状況で何か仕掛けてくるのでしょうか……。
ーーいや、むしろ、僕達の出方を見計らっているのかもしれませんね。
コントローラーを握りしめた夕薙は周囲の状況から現状を分析する。
膨大な魔力を秘めた輝明と焔の存在は、魔術の本家の者達にとって脅威でありつつも目を見張るものがある。
魔術の本家の者達としても、出来ることなら昂だけではなく、彼らの力の極限を見極めたかった。
そして、黒峯玄くんと浅野大輝くん。
あの状況から舞波昂くんの置かれている状況を見抜きましたか。
この戦いでは君達の真価も見ることができそうですね。
だからこそ――これからは全ての力がぶつかり合う総力戦だ。
夕薙は表情に笑みを刻む。
魔術の深淵に迫る無尽の真理。
夕薙は肌でその緊迫を感じると同時に、空虚な心に満たされる歓喜で胸が打ち震えた。
その時、進が夕薙の隙を突く秘策を披露する。
「試してみるか」
言葉とともに、あかりのキャラは剣を手に地面を蹴った。
夕薙のキャラが放った矢の猛攻を受けながらも、夕薙のキャラのもとへと一気に接近する。
「ーーっ!」
受けの姿勢を取った夕薙のキャラを見据え、互いの間合いに入る直前であかりのキャラは立ち止まる。
そして、牽制するように連携技を地面に放った。
「ん?」
あかりのキャラの連携技が放たれると同時に、夕薙のキャラの動揺がはっきりと感じ取れた。
連携技の空打ちーー。
それも地面に向かって放つという明らかなミス。
それが『エキシビションマッチ戦』で起きるという不可解な事態に、夕薙は目を丸くした。
そして、それゆえに、そこに埋めようもない隙ができる。
『ーーアースブレイカー!!』
言葉とともに、あかりが間隙を穿つ。
瞬間の隙を突いたあかりのキャラの必殺の連携技に、ターゲットとなった夕薙のキャラもまた、まっすぐに攻撃を繰り出した。
『流星光底!!』
あかりのキャラの必殺の連携技に合わせるように、ほのかに淡く輝く無骨な弓が振る舞われる。
連携技の大技と連携技の大技。
あかりと夕薙の必殺の連携技が同時に放たれる。
剣と弓。
刀身の長い剣を持つあかりのキャラが優位に傾くと思われたそれは、あかりのキャラに迫ってきていた矢の連弾によって拮抗した。
「ーーくっ」
「……っ」
それぞれ体力ゲージを減らしたあかりと夕薙のキャラは、その場から大きく吹き飛ばされた。
「絶対に、俺達が勝ってみせる!」
さらにツインテールを揺らした進は流れるような動きであかりのキャラを操作する。
「面白い子ですね」
それは夕薙のキャラを翻弄し、夕薙の思考を進との対戦に集中させるほどの苛烈さだった。




