第六十七章 根本的に彼は遊戯に飢えている③
「うわっ……!」
静と動。
本命とフェイント。
元樹は移動に魔術道具を用いて、陽向の意表を突くと、緩急をつけながら時間差攻撃に徹する。
攻撃手段が魔術でないため、跳ね返すことが出来ない陽向は次第に翻弄されてしまう。
「元樹くんはすごいね」
その言葉が、その表情が、陽向の感嘆を明らかに表現していた。
対して、元樹は不可解な現象に疑問を覚える。
「舞波がいないのに魔術道具を発動できているな」
元樹が所持している魔術道具は昂が近くにいないと発動しない。
しかし、昂不在の今でも発動している。
何度目かの攻防の後、元樹は違和感を覚えながらも陽向と距離を取った。
同時に陽向も浮遊して、万全の攻撃態勢を整える。
次の瞬間、元樹は魔術道具を使って、陽向の背後を取った。
「なっ!」
空高く飛翔しているからその背後を取ることなど不可能ーーそう考えたがゆえの唯一の死角は、ただ魔術道具を使った元樹にあっさりと突かれる。
振り返る前に蹴りを受け、体勢を崩した陽向はそのまま地へと落ちていった。
しかし、元樹の蹴りを食らったのにも関わらず、立ち上がった陽向は平然とした表情で服を整えている。
余裕の表情で佇む陽向を前にして、魔術道具を用いて会場内へと降り立った元樹は悔やむように唇を噛みしめた。
「僕のあらゆる魔術に対処するなんて、元樹くんはすごいよね」
「……このままじゃ、埒が明かないな」
感嘆する陽向とは裏腹に、元樹は必死としか言えない眼差しを陽向に向ける。
その言葉が、その表情が、元樹の焦燥を明らかに表現していた。
元樹の攻撃は陽向を翻弄している。
だが、次第に体力を消耗していく元樹に対して、陽向はまるで疲れを知らないように平然と立っていた。
「でも、僕には勝てないよ」
「だろうな」
陽向の自信に満ちた言葉に、元樹もまた、まっすぐに強気な笑みを返す。
「だけど、俺達の役目は陽向くんに綾を完全に麻白にする魔術を使わせないようにすることだ。後は、時間が解決してくれるだろうしな」
「魔術道具の強化でそれが可能になるのかな」
陽向はそれでも余裕の表情を崩さない。だが、それでも気がかりなことをぽつりと口にする。
「でも、肝心の昂くんはどこに行ったのかな? 元樹くんが魔術道具を使えているから、近くにいると思うけど……」
断言の形を取った問いの矛先は、文哉に向かっていた。
それを察した玄は改めて思考を加速させる。
いつの間にか目の前にいた文哉。
姿をくらました昂。
加えて、元樹が所持している魔術道具は昂が近くにいないと発動しない。
それなのに何故か、問題なく発動している。
それは何故かーー?
玄のその問いは論理を促進し、思考を加速させる。そうして導き出された結論は、玄が今の今まで考えもしない形をとった。
「大輝、魔王は恐らく透明化している。物理干渉ができない状況に晒されているのかもしれない」
「なっ!? 姿が見えなくなっているのか!」
絶句する大輝を尻目に、玄は最悪の予想を確信に変える。
そうーー昂が大会会場内に入ってから想定外な事態が起こっていた。
それは『昂の分身体達』が総出で『本物の昂』に突撃してくるという怪奇な現象。
改めて思い返すまでもなく、あの出来事は一つだけおかしいことがあった。
昂の分身体達があっさりと首謀者を打ち明けたことだ。
彼らがそう告げたことによって、今回の騒動は文哉が引き起こしたものだと確証を得ることができた。
しかし、あの出来事が実際は別の者によって引き起こされたものだとしたらーー。
文哉と手を組んで、あの騒動を引き起こした者達がいたとしたらーー。
文哉の思想に共感し、昂に宿る魔力の根源を探るために。
「さて、彼らは私の仕掛けた罠に気づいたようだ」
「……っ」
玄が先程から感じていた言い知れないその予感は、今はもはや確信に近い。
「いや、『私達』の仕掛けた罠だな」
文哉は誘うようにステージへと視線を投げかけた。その先にいたのはーー
「はあっ……、『エキシビションマッチ戦』の対戦が始まっているというのに文哉さんは人使いが荒いですね。舞波昂くんを透明化して物理干渉ができないようにした上で、彼の魔力の真価を見極めたいなんて……」
「えへへ……、文哉さんのご期待に添えるように頑張りますね~」
口から突いた夕薙の苦言に、頬に手を当てた文月が上機嫌にはにかんだ。
「由良文月と神無月夕薙が本当に魔術の本家の者なのか……」
「黒峯玄くん、あの状況からそこまで気づくなんてさすがですね~」
髪を靡かせた文月は観客席にいる玄達に対してにこやかに宣戦布告した。
「舞波くん、大丈夫かな……」
胸を突く小さな痛み。
綾花は乱れた心を落ち着かせるようにそっと胸を押さえる。
綾花達には昂の姿が見えない。
しかし、昂はこの場にいる。だが、他者に認識されない魔術を受けたことで透明化し、物理干渉ができない状況に陥っていた。
言うなれば、亡霊状態。だからこそーー。
『綾花ちゃん、我はここにいるのだ!! 気づいてほしいのだ!!』
自分の存在を誇示するために、昂は必死にわめき散らしていた。




