第六十六章 根本的に彼は遊戯に飢えている②
世界はあんまりにも残酷で正直だった。
『エキシビションマッチ戦』。
賑やかに今日を咲かせ、誰かの勝利に沸いて誰かの敗北に奮起する。それを今はどこか他人事に見下ろしている。
いつの間にか目の前にいた文哉。
そして、姿をくらました昂。
そのことを元樹達に伝えようとしてーー玄は周囲の変化に気づく。
「俺達以外、誰もこの状況に気づいていないのか……?」
この異常現象に気づいているのは陽向と相対している元樹達。
周囲の状況を踏まえようとしている輝明と焔。
そして、文哉と相対している玄と大輝だけだった。
すぐ近くで明らかに異様な会話を交わしている者達がいるというのに、観客達の視線は常にステージに向けられている。
「この歪な現象に……」
気づいているのは自分達だけという事実。
玄にとって周りの景色が妙に寒々しいものに思える。まるで張り詰めた緊張感に身震いするようだ。
渦巻く陰謀と魔術が取り巻く異常性。
玄達が知らない間にも、それはこの世界の裏側で蠢いている。
それを証明するように、文哉は口火を切った。
「舞波昂くん。君に宿る魔力の根源、今回で全貌を明らかにしてもらおうか。私の仕掛けた罠によってな」
文哉は今まで調べ尽くした昂が関わる魔術の騒動を想起する。
今回の騒動で全貌が明らかになるのを加速させるように。
魔術の本家の者達は良い。
何者にも汚されない純粋な色だから。
魔術の分家の者達もまあ良い。
彼らのことを快く思っていない者達もいるが、それでも自身が求める純粋な色に近い。
だが、魔術の家系と関わりのない者が魔術を行使するのは最早、自身が求める純粋な色から程遠い。
故に、それを踏み荒らす輩には嫌悪感を覚える。
何も知らぬ汚れなき魔術の本流。
あの汚れなき色を手折ろうとするなど以ての外だ。
しかし、何度対峙しても、文哉は昂の魔力の根源を探ろうとするのを止めないだろう。
嫌悪感を覚えつつも、その存在意義に興味を惹かれる者。
黒峯家の会合の際に未来の支配者と名乗った舞波昂ーー。
嫌悪感を覚える相手に、今も興味を示している。
一見すると脈絡が見えない。
誰かにそれを問われたら、文哉が返答に窮する存在ーーそれが昂だ。
だが、それでも文哉は昂の魔力の源を知りたかった。
世界はやがて魔力に地を覆われる日々を迎え、魔術とともに過ごすことが増えていく。
だからこそ、文哉はつくづく昂の魔術の根元を解明したいと切に願う。
今は叶わぬ願いでも、いずれ解き明かしたい標榜だった。
「黒峯玄くん、浅野大輝くん、教えてほしい。舞波昂くんは何故、魔術を使える者として存在している。その答えを私達、魔術の家系の者達は知る必要がある」
それは以前、拓也と綾花に――進に投げかけた問いかけだった。
「君達は魔術に関わる家系ではない舞波昂くんが何故、魔術を使えると思う?」
「……魔術を使える理由」
文哉が提示してきた疑問に、玄は答える術がない。
昂は玄達と出会う前から魔術を使うことができていたからだ。
「な、何だよ、それ?」
大輝は思わず、唇を噛みしめると、やり場のない苛立ちを少しでも発散させるために拳を強く握りしめる。
「魔王だから、魔術が使えても不思議じゃないだろう!」
如何に不明瞭な謎でも、大輝にとって答えはそれだけで事足りた。
しかし、その答えからさらに深く読み込もうとする者もいる。
「……魔王。舞波昂くんが魔王とはどういうことだ? 以前、舞波昂くんが語った未来の支配者に関連することなのか?」
事情を察すると同時に、文哉は今まで調べた昂に関する内容を改めて洗い直す。
舞波昂くんが以前、語った未来の支配者。
そして、浅野大輝くんが告げた魔王。
文哉は薄く目を細める。
まさに点と点が繋がったとばかりにーー。
「……魔王か。魔術の家系ではない舞波昂くんが、魔術を使える理由。やはり、その答えは一筋縄ではいかないということか。まずは彼の出自から調べる必要があるようだ」
「なっ……」
驚愕に満ちた大輝の反応を見て、文哉は自分の考えが正しかったことを確信する。
魔術の家系が紡いだ、延々と続く危うい安寧を取るべきか。
もしくは綱渡りの如き、刹那の決意を取るべきか。
決められる強さは文哉にも他の魔術の家系の者達にもなく、胡乱な恐怖の中で今日という日は流れ続ける。
だが、昂の存在理由を知れば、魔術の家系の者達の行く末もいずれ判明するだろう。
「そもそも、その肝心の魔王をどこにやったんだよ!」
目まぐるしく変わる状況の苛烈さに耐えかねた大輝が声を上げた。
「その答えは君達の目で確かめたらいい」
「……っ」
大輝達の前に突如、現れた文哉の存在はただでさえ八方塞がりな状況に泥沼と化す。
もはや、文哉との戦闘は不可逆のものになっていた。
「黒峯玄くん、浅野大輝くん。私に立ち向かう覚悟があるのならな」
文哉は言を紡ぎ、魔術を展開しようとする。
それは『魔術』というよりも一種の『芸術』だった。
だが、その前に玄はずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せる。
「俺達は真実を知りたい。他でもない、黒峯文哉さんの口から」
「真実を?」
玄は一呼吸置くと、躊躇いを孕んだ文哉を油断なく見つめた。
周囲の情報を集めれば、舞波昂のーー魔王の居場所が分かるかもしれない。
情報が錯綜する混迷の状況の中。
玄が模索したのはなりふり構わない直接的な手段だった。
「……っ」
玄が視線を張り巡らせば、元樹が魔術道具を用いて陽向に接近している姿が映った。
玄と大輝が文哉と対峙している間に、既に陽向との戦いが勃発していたようだ。




