第六十三章 根本的に明日の話をしよう⑦
麻白の望みはみんなの側にいることだから、私はーー私達はそれを叶えたいの。
麻白が私達を救いたいと願っているようにーー。
綾花達が麻白のことを想っているように、麻白もまた、綾花達のことを想っていた。
「そうだね」
吹っ切れたような言葉とともに、綾花はまっすぐにステージを見つめる。
「私はーーううん、私達は魔術に負けない」
綾花は麻白の想いの真実を見たような気がして、穏やかな表情を浮かべた。
「これからも、私がーーあたしがみんなと共に居るために。ーーお願い、進、頑張って!」
綾花は口振りを変えながら、意を決したように声高に叫ぶ。
激戦が続く『エキシビションマッチ戦』のステージに向けてーー。
「綾花……。上岡ならーー雅山達ならプロゲーマーの人達に負けないからな」
「……うん。たっくん、ありがとう」
「一緒に応援しような」
口振りを戻した綾花の頷きを待って、拓也は真剣な表情で応えた。
突拍子のない出来事。
だが、それは今も当たり前のように拓也達の目の前で起きている。
拓也は改めてその異常さに身震いすると以前、綾花から送られてきたメールに添付されていた画像を見つめた。
無邪気に笑いながら、ペンギンのぬいぐるみを掲げて喜んでいる幼き日の綾花の姿。
両手で掲げたペンギンのぬいぐるみが、とてもいじらしいと思った。
そして、その隣に写っていたのは一見、どこにでもいるような普通の少年だ。
ペンギンのぬいぐるみを抱えた綾花の隣で、同じ年頃の少年ーー幼い頃の進が明るい顔で右手を振っている。
その後ろでは車椅子に乗った、海のように明るく輝く瞳をした少女ーーあかりと、赤みがかかった髪の少女ーー麻白がきょとんとした顔で綾花達のことを見つめていた。
写真は昂の魔術を使っての合成写真だった。
幼い頃の綾花と進、そしてあかりと麻白が一緒に写っているという実際にはあり得ない光景だ。
綾花から送られてきたメールに添付されていた画像をぼんやりと見つめていた拓也の脳裏に、先日の黒峯家の屋敷で起こった出来事が蘇る。
舞波が賓客として呼ばれたことによって始まった黒峯蓮馬さんと陽向くん、そして魔術の本家の人達との戦い。
恐らく、これからも同じようなことが起こるだろう。
黒峯蓮馬さん達が綾花達の存在を認めるまではーー。
そして、魔術の本家の人達が舞波の存在を見極めるまではーー。
「俺はーー俺達は、何があっても、綾花を護ってみせる」
拓也は携帯を握りしめると、あくまでも真剣な表情で頷いた。
「ああ。俺も状況を踏まえて出来る限りの対策を練ってみるな。まあ、まずは兄貴に今日の『エキシビションマッチ戦』のチーム戦のことを伝えてからだな」
『エキシビションマッチ戦』の個人戦に出場している兄、尚之からのメールに、元樹は辟易する。
「そういえば、輝明さんは個人戦に出場していた時、兄貴とよく対戦していたよな」
元樹は懐かしむようにつぶやいた。
『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で一位のプレイヤーである布施尚之。
そして、二位のプレイヤーである阿南輝明。
元樹の兄、尚之は輝明の実力に一目置いている。
だが、輝明がチーム戦に移行したことで、尚之と公式大会の個人戦で対戦することは少なくなっていた。
「兄貴も久しぶりに対戦したいと願っていたよな。後で輝明さんに伝えてみるか」
元樹はメールの内容を思い返しながら、『エキシビションマッチ戦』の個人戦の戦いの行方を見据える。
恐らく尚之もプロゲーマー達相手に苦戦しているだろう。
「うむ。今度こそ、我の魔術で黒峯蓮馬と黒峯陽向、そして魔術の本家の者達を返り討ちにしてくれよう。そして、綾花ちゃんを護ってみせるのだ!」
昂は得意げにぐっと拳を握り、天に突き出して高らかに言い放った。
「……うん。たっくん、元樹くん、舞波くん、ありがとう」
拓也と元樹と昂の励ましの言葉に、綾花は嬉しそうに笑ってみせる。
寝静まったような静寂の世界で、綾花と上岡が一度、時間が止まってしまった麻白達の想いを紡ごうとしているのなら、俺達がすることは決まっている。
俺はーー俺達は何があっても、綾花を護ってみせる。
拓也は瞼を閉じる。
無音の暗闇の中に綾花と上岡、そしてあかりと麻白の笑顔が泡のように浮かんで消えた。
拓也は彼女達の笑顔を護るように、無音の暗闇に向かってどこまでも手を伸ばしたのだった。
麻白が退院した日ーー。
カケルの周りには友人と呼べる人物は一人もいなくなっていた。
経済界への影響力がかなり強い人物である黒峯蓮馬の娘に、人身負傷事故ーー本来は人身死亡事故を起こしたとして、カケルの父親は警察に身柄を拘束された。
また、実名で報道されたことにより、カケルの父親は会社を辞めさせられ、カケルの家族は住み慣れた地を追われることになった。
しかし、引っ越し先で出会った輝明達によって、カケルの父親の再就職先を斡旋してもらい、あの頃のような充実な日々を再び、送らせてもらっていた。




