第六十二章 根本的に明日の話をしよう⑥
みんなで別の場所に移動した後、元樹が不満そうな昂を横目に見ながらため息をついて言う。
「『エキシビションマッチ戦』の先鋒戦からこの状況か。俺達が黒峯文哉さんの魔術に翻弄されている隙を突いて、今度は黒峯蓮馬さん達が仕掛けてくるかもしれないな」
元樹はその言葉を口にして、如何したものかと考え倦ねる。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の準決勝で敗退したという事実は、玄達『ラグナロック』の結束を固める形になった。
しかし、これからの指向は余りにも判断に困るものであった。
チーム戦を敗退しても、綾花はこうして玄達ととも『エキシビションマッチ戦』を観戦している。
それは言い換えてみれば、観戦している間は綾花を捕らえる絶好の機会ともいえた。
もし、黒峯蓮馬さんの関係者が大会会場にいるのなら、この好機に綾花を狙ってくるかもしれないな。
元樹の懸念に繋ぐように、拓也は慎重な面持ちで尋ねる。
「元樹。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の時のように、陽向くんが対戦相手に姿を変えてきた場合はどうする?」
「状況が状況だからな。とにかく綾の側で護っていくしかないだろうな。輝明さんと焔さんの力を借りて対処していくしかない」
拓也の素朴な疑問に、元樹は状況を照らし合わせながら応えた。
「それに阿南家の人達は魔術の影響を受け付けないからな。綾を完全に麻白にする魔術を使われても対抗できるかもしれない」
「そうだな」
明確に表情を波立たせた元樹に、拓也は改めて綾花に目を向ける。
「たっくん、元樹くん。次の『エキシビションマッチ戦』の二戦目は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌を歌った千歳涼海さんのバトルみたい」
「麻白と一緒にオーディションに受かった人か」
駆け寄ってきた綾花の発意に、拓也は以前、遭遇した出来事を呼び起こす。
「上岡が今、憑依している雅山もまた、魔術のことを知る者の一人だ。舞波が居候した霜月ありささんの家族といい、他にも魔術に関わった者達はいる。あの時の出来事を踏まえると、もしかしたら千歳涼海さんも魔術に無関係ではないかもしれないな」
はやる心を抑えながら、元樹はこれからの道標を示した。
「もちろん、輝明さんのチームメイトである三崎カケルさんも魔術のことを知っているかもしれない。まあ、黒峯蓮馬さんは三崎カケルさんに会うことを避けている傾向があるけれどな」
元樹は輝明のチームメイトであるカケルが置かれている状況を推測する。
カケルの父親が事故を起こし、麻白を死なせる結果になった。
後に玄の父親の魔術の知識を用いることによって、麻白は綾花の心に宿る形に成される。
実質、それは生き返ったともいえなくともないが、不完全な形ともいえた。
だからこそ、玄の父親は自身の望みを通そうと躍起になった。
綾花に麻白の心を宿らせただけではなく、麻白の記憶を施し、本来の麻白の人格を形成させる。
さらには綾花に麻白としての自覚を持たせようとしていた。
しかし今、この場にはカケルがいる。
玄の父親にとっては望ましくない状況だ。
『正直、瀬生綾花さんと上岡進くんのご両親には会いたくなかった。彼らに会えば、今の麻白には私達以外の家族がいることを知ることになってしまう』
元樹は以前、企業説明会の時に口にしていた玄の父親の嘆きを思い出す。
その眼差しは執拗に麻白にこだわり、自身の家族
の行く末を憂いていた。
だからこそ、玄の父親は綾花の両親と進の両親の存在を認めようとしなかった。
恐らく今回もカケルの存在を否定しようとしてくるだろう。
「元樹。黒峯蓮馬さん達、そして魔術の本家の人達が今回の『エキシビションマッチ戦』の時にどう動いていくのか気になるな。プロゲーマー、実況、スタッフ、観客などを含めて、全てが要注意人物だな」
「今回は魔術の本家の人達がプロゲーマーにいることを踏まえて、あらゆる可能性に警戒する必要があるな」
拓也の懸念材料に、元樹は神妙な面持ちで同意する。
魔術に無関係を装いながらも、作為的な嘘で錯落たる幻想を紡ぐ。
あの日、黒峯家の屋敷で遭遇した者達はそのような鳴りを潜めていた。
ありふれた日常が非日常に変わる。
その境界線となったのは魔術という存在ーー。
綾花達をーー麻白を護るために魔術の戦いに決起した拓也達。
戦う理由は己の大切な彼女を守る事だけだった。
「私も輝明くんと焔くんのように、みんなの力になりたい」
そうつぶやいた瞬間、いつものように麻白の想いが、綾花の脳内にぽつりと流れ込んでくる。
『あたし、父さんと母さんに会いたい』
「うん、会いたい」
麻白の想いに誘われるように、綾花は嬉しそうに笑ってみせる。
『だけど、あたし、これからもみんなの側にいたいよ。みんなの力になりたいよ』
「……これからもみんなの側にいたいの。みんなの力になりたいの」
麻白の想いに誘われるように、綾花は悲しそうに顔を歪めて力なく項垂れる。
それは綾花に麻白の心が宿ってから現在に至るまで、何度となく繰り返されてきた行為。
綾花が綾花であり、進であり、そして麻白であることの証明。
それは今も変わることのない不変の事実だった。




