第五十九章 根本的に明日の話をしよう③
玄の父親が以前、赤裸々に語っていたのは魔術の知識に秘められた大いなる可能性。
昂が行使する魔術とは一線を画す力。
元樹はあの日の回想から答えを見出だす。
「陽向くんの魔術と魔術書の媒介。この二つがなくては、時間を停止させることはできない。黒峯蓮馬さんは前にそう言っていた」
元樹はあの時、玄の父親が口にしていた言葉を反芻した。
「だけど、あの時、黒峯蓮馬さん達には協力者である阿南焔さんがいた。だけど、今回は輝明さんと阿南焔さんは俺達の方に協力してくれる。陽向くんが『エキシビションマッチ戦』で極大魔術を行使することはできないと思う」
確信を持った眼差し。
その表情を見た瞬間、拓也は元樹の意図を理解した。
「そうだな。陽向くんが極大魔術を行使するためには阿南家の人達の助力がどうしても必要になるからな」
「ああ」
それこそがあの日、玄の父親達が用いた魔術のからくり。
それほどの危険な魔術を行使しても麻白を求めているという証左。
拓也と元樹は改めて、玄の父親の愛娘への愛情の深さを感じ取る。
「『エキシビションマッチ戦』。私のーー俺の持てる力を出していきたいな」
綾花は口振りを変えながら事の重大さを噛みしめた。
以前、進のあかりへの憑依が解けた際に生じていた頭痛は、昂が綾花の負担を減らすために奮闘したことで今ではほとんど生じない。
「元樹、『エキシビションマッチ戦』の会場に行って、真相を突き止めよう」
「ああ、真相を突き止めような!」
拓也と元樹は拳を打ち合わせると、綾花とともに昂の家を後にする。
夕闇の澄んだ風はどこまでも尊い。
この風を辿れば、今回の件の真相にたどり着くことができるのだろうか。
過去と未来が交錯した時、切ない想いが走り出す。
吹き抜けた夕刻の風が花弁を天へと誘った。
『エキシビションマッチ戦』当日。
「プロゲーマーである由良文月と神無月夕薙が魔術の本家の者か……」
元樹がメールで伝えてきたのは思わぬ内容。
玄は改めて『ラグナロック』が、初めて『エキシビションマッチ戦』に出場した時の熱いバトルが思い起こしていた。
「黒峯玄くん、まだまだですね~」
「ーーっ!」
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会、チーム戦で優勝したことで、玄達は『エキシビションマッチ戦』への出場資格を得た。
だが、『エキシビションマッチ戦』に挑戦した玄達は想像していた以上に苦戦を強いられてしまっていた。
一勝一敗で行われた大将戦。
そこで玄はプロゲーマー達の大将である文月に打ち負かされる。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会、チーム戦で優勝した『ラグナロック』。
だが、『エキシビションマッチ戦』に挑んだものの、プロゲーマー達によって呆気なく完敗を喫してしまった。
それから紆余曲折あって、玄達は第三回公式トーナメント大会、チーム戦の後に行われた『エキシビションマッチ戦』に出場することは叶わなかった。
だからこそ改めて、麻白に関する真相を知った上で挑んだ、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦。
待ち望んでいた戦いは、玄達にとって悔やんでも悔やみきれない一戦となった。
だけどーー。
『エキシビションマッチ戦』の観戦チケットを手に入れた玄と大輝は決められた観客席へと座る。
「大輝、巻き込んでしまってすまない」
「だから、言うなって言っているだろう!」
巻き込むという単語を聞いた瞬間、大輝の瞳に複雑な感情が入り乱れる。
そうして消化しきれない感情を抱えたまま、大輝は続けた。
「麻白をどんなかたちでも生き返させたいと願ったのは、別におまえ達だけじゃない。俺もだ」
「……そうだったな」
大輝が不服そうに投げやりな言葉を返すと、ようやく玄はほっとしたように安堵の表情を浮かべる。
「玄、大輝!」
その時、遠くから綾花の声が聞こえた。
「遅くなってごめんね」
「心配するな」
「麻白、遅いぞ」
玄と大輝がそれぞれの言葉でそう答えると、綾花は表情を花咲かせる。そして、嬉しさを噛みしめるように持っている荷物をぎゅっと握りしめた。
やがて、綾花のーー麻白のサポート役を務める拓也と元樹が玄達のもとにやってくる。
その光景を、玄は穏やかな表情で見守っていた。
自身を取り巻く複雑な環境、状況は何も変わっていない。
それなのに、これから行われる『エキシビションマッチ戦』の実況による解説に耳を傾けながら、玄は自分の心が以前よりは、魔術に関する真相を受け入れてきていることに気づいた。
「さあ、これより、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦を勝ち上がってきたダブル優勝チームによる『エキシビションマッチ戦』を開始するぞ!」
実況による『エキシビションマッチ戦』開幕の宣言に、観客達の熱は伝播し、万雷の歓声が巻き起こった。
実況が告げる猛者の集いしプロゲーマー達は屈指の顔触れとなる。
元樹は巨大モニター画面に映し出されている、これから戦うことになるプロゲーマー達の経歴と映像を確認した。
「今回、対戦することになるプロゲーマー達の中では境井孝治さん、神無月夕薙さん、由良文月さんが要注意だろうな」
前評判が高い孝治と魔術の本家の者である夕薙、そして魔術の本家の者であり、最強のプロゲーマーとして名高い文月。
「これはこれは久しぶりに由良さんの本気の力が見られるのではないでしょうか……?」
輝明達の姿を目の当たりにして、夕薙は歓喜とともに胸を打ち震わせる。
「えへへ、ご期待に添えるように頑張りますね~」
髪を靡かせた文月はにこやかに宣戦布告した。
彼らが挑戦者である好敵手に向ける表情、それは『今日はどんなバトルになるのか』という期待に胸を膨らませた顔だ。
プロゲーマー達が現れる度に、観客席で賑わう場内のボルテージは留まるところを知らずに高まっていった。




