第五十七章 根本的に明日の話をしよう①
『エキシビションマッチ戦』に向けてーー。
「我は我のやり方で、この不可解な現象の数々を解決へと導いてみせるのだ!」
昂は先程、揺るぎない決意とともに不屈の精神を示した。
奮起を促した昂に呼応するように、綾花達は『エキシビションマッチ戦』の時でも、今までの騒動の調査を線引きするために会場周辺を警戒に当たることに話が纏まった。
しかし、その事実を知らされても、何もすることが出来ない。
正確には乗り越えなくてはならない課題にぶつかっている者がいた。
「我は愛らしいペンギンの姿で歩道に寝転がっていただけではないか!!」
謝罪とは無縁。
自他ともに認める昂はひたすら頭を抱えている。
「何故だーー! 何故、我は今、こうして謝罪を繰り返しているのだ!!」
あまりにも想定外の事態に、昂は虚を突かれたように絶叫していた。
まさに昂の心中は穏やかではない状況だった。
視界に映るのは毅然とした態度で立つ昂の母親だ。
昂がいる場所は先程まで寝転がっていた歩道ではなく、昂の家である。
「我はただ、魔力の使い過ぎでバテていただけというのに……」
怒り心頭の昂の母親に見張られながらも、昂は心底困惑しながらも一心不乱に謝罪を続けている。
昂がここにいる原因は歩道で寝転がっていた昂の行動そのものにあった。
魔力を誇示することに傾倒した故に力尽き、歩道で寝転がった昂が行き着いた先は、駆けつけた1年C組の担任達による昂の家への連行という非情な現実だった。
「我は謝罪を終え次第、綾花ちゃんのもとに駆け寄りたいのだ……。そして、綾花ちゃんを必ず護ってみせるのだ……」
「舞波は相変わらずだな」
「ダーリン、反省の色が見られない気がする」
それでも自分が置かれた状況を省みず、昂は土下座をして請うように懇願する。
昂のあまりの無謀無策と開き直りによる空謝り。
対応に困った1年C組の担任と汐が辟易した。
「綾花ちゃんに今すぐ、会いたいのだ……」
「……ほう、それで」
昂が不服そうに機嫌を損ねていると、昂の母親が大した問題ではないように至って真面目にそう言ってのける。
あくまでも淡々としたその声に、昂はおそるおそる顔を上げた。
「……は、母上」
「……昂、今がどんな状況なのか、分かっているんだよね。警察に通報されかけたみたいだけど、何を仕出かしたんだい。まさか、歩道で寝転がっていたとは言わないだろうね」
全身から怒気を放ちながら、昂の母親は昂を睨みすえる。その声はいっそ優しく響いた。
「ひいっ!? は、母上、話を聞いてほしいのだ! 我はただ、魔力の使い過ぎでバテていただけだ。しかも、歩道で寝転がっていた時の格好は愛らしいペンギンの姿だ。警察に通報されるはずがなかろうーー」
「今回の件についての反省文を書き終わるまでは、作戦会議には参加できないからね」
昂は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。
昂の交通法違反騒動は思わぬ方向へと発展し、泥沼と化していた。
しかし、昂は自身の行動を正当化し、いまだに反省の色が見られない。
そんな昂に対して、昂の母親が求めたのは反省文の提出だった。
「綾花ちゃん、今すぐ我を助けてほしいのだーー!!」
「ふわわっ、舞波くん!」
昂は颯爽と反省文の紙を差し出し、全幅の信頼を寄せて涙を潤ませる。
「頼む! 我は、我はどうしてもこの反省文というものが上手く書けないのだ!」
怒涛の勢いの昂の振る舞いに、綾花は戸惑いを隠せない。
「おい……!」
「あのな……」
まるで全てを代筆するように懇願する昂に対して、拓也と元樹は呆れた様子でため息を吐いた。
「まさか、阿南家で魔力を誇示した結果が裏目に出るとはな」
僅かに焦燥感を抱えたまま、元樹は先の情勢を見据える。
「我は『エキシビションマッチ戦』に向けて、黒峯蓮馬と黒峯陽向、そして魔術の本家の者達に借りを返さなくてならないのだ。今すぐ、借りを返さなくてはならないのだ。…‥…‥むっ、まてよ」
そこで、昂ははたとあることに気づく。
「我は『エキシビションマッチ戦』に向けて、魔力を向上させなくてはならないではないか! 母上、このようなことをしている場合ではないのだ! 我は今すぐ、黒峯蓮馬と黒峯陽向、そして魔術の本家の者達に対抗する力を身につけなくてはならぬ!」
「……ほう、それで」
昂が尊大な態度で言ってのけると、昂の母親の冷淡無情な声が響いた。
あくまでも淡々としたその声に、昂はおそるおそる声がした方を振り返った。
「……は、母上」
「『エキシビションマッチ戦』のことは、井上くん達に任せているから、昂は反省文を書き終わるまではここにいるんだよ!」
「母上、あんまりではないか~!」
昂の母親が確定事項として淡々と告げると、昂が悲愴な表情で訴えかける。
昂の嘆きは、昂の母親には届かない。
しかも、昂が願い出ている間にも、綾花達の『エキシビションマッチ戦』に向けての作戦の手筈が進んでいった。
「こ、このままではまずいのだ……!」
昂は意を決して座すると、改めて真っ白な反省文と格闘する。
せめて、綾花達が帰る時間には間に合うように、と昂は不退転の覚悟で挑んだ。




