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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術革命編
335/446

第五十六章 根本的に不遇の出会い⑧

浮かんだ魔力の塊は、果たして幾つか。

徐々にその明るさを落としていく曇天の中で、また一つ、想いが込められた魔術が宙に細かく放たれた。


何時からだろう。

雨が嫌いになったのは。

何時からだろう。

雨を見て、娘の死を思い出すようになったのは。


今日は雨など降っていない。

それなのに、そのことを思い出してしまうのは、文哉にーーそして魔術の本家の者達に自身が仕出かしたことを知られたのが切っ掛けだろうか。


「文哉達に阿南家の者達の力を知られたのは厄介だな……」


隠しようのない動揺を抑えるように、玄の父親は短く息を吐いた。

これで魔術の分家である阿南家は、魔術の本家の者達に着目されることになる。

玄の父親と同じように、阿南家の者達の力を借りようとする輩が現れるかもしれない。

美里の報告では先程、文哉が阿南家にいる昂に電話で接触を計ってきたという。

玄の父親は社長室で仕事をこなしながらも、緑陽の雫が射し込む窓へと目を向ける。

その瞬間、沼底から泡立つように浮かんだ娘のーー麻白の言の葉。


『……え、えへへ。こういう時って、あたしのキャラのとっておきの固有スキル、使えるかな『


娘が世界から消えるその瞬間、玄の父親は玄とともに最後に娘がそう口にしたのを感じ取った。

それは麻白が玄の父親達に残した遺言。

いつしか玄の父親にとって、その望みを叶えることが生き甲斐となっていた。


麻白が操作するキャラの固有スキル、『リィンカーネーション』。

それは、一度だけ自身、またはチームメイトのキャラを蘇生させることができる固有スキルだった。

だけど、娘のゲームのキャラの固有スキルが、実際に現実で使われることは決してあり得なかったーー。

だが、玄の父親はそれを可能にする方法を見つけ出した。

魔術の家系の一人である輝明の母親の助力を得たことでそれを可能にしたのだ。


「君達がいくら拒んでも、私の考えは変わらない」


綾花を完全に麻白にするーー。

それを何度も拒み、抗ってきた拓也達に対して、玄の父親は冷たい激情を迸らせる。

それはどこまでも重い沈黙で、戦慄にも近かった。


喪われし者が還ることはない。


それは誰もが知り得ている、自然の摂理だった。

時の流れは不可逆である。

だが、それでも星辰の巡りを得て、玄の父親は後に旧知の仲で、彼と同じ魔術に関わる家系の人間ーー輝明の母親に助けを求めたことで、それを成し遂げた。


娘を生き返させる。

その信念のもとにーー。


玄とともに目の前で麻白を失った玄の父親は、文字どおり我を忘れ、なりふり構わず、様々な手段を試みていた。

科学的方法、蘇生、反魂。

しかし、それらを用いても娘を甦らせることは叶わなかった。

絶望の渦の中にいた玄の父親に差した光とは、自身にとってもっとも身近な存在の魔術だった。


麻白を失う。

それがどれだけ残酷なことなのかを、玄の父親は麻白を一度、失ったことで思い知らされていた。


以前、大会会場で綾花が口にした想いが、玄の父親の胸に突き刺さる。


『父さん……』


綾花の目には、玄の父親の横顔が言いようのない影りを帯びているように見えた。


『あたし、死んじゃってごめんなさい。ごめんなさい』

『麻白』


流れ出る涙は止まらない。

透きとおった涙をぽろぽろとこぼす綾花の姿に、玄の父親の顔が目に見えて強張る。


『でも、それでもーー私は瀬生綾花でーー俺は上岡進でーーそして、あたしは黒峯麻白。それ以外には、絶対になり得ない』

『ああ。綾花が、綾花と上岡と雅山と麻白の四人分生きているという事実は、確かに存在するんだ』


口振りを変えながら、淡々と告げられる言葉。

そんな綾花の言葉を引き継いで、拓也はただ事実を口にした。

綾花が発した悲哀の声に、玄の父親は凍りついたように動きを止める。

それでも、玄の父親は自身の願いを叶えるまで歩みを止めない。


魔術ーー。


唯一、玄の父親の嘆きに応えてくれたのは、その不可思議な力だけだったのだからーー。


「麻白は麻白だ!」


あの日の綾花達の訴えをーー彼女達の強い絆を、玄の父親は頑なに拒む。


「君達がいくら拒んでも、麻白自身が否定したとしても……」


玄の父親はただ、弱音を吐いたように心を病み、顔を俯かせて悲痛な声を漏らす。


「彼女が、麻白だという事実は変わりないのだから……」


癒えない傷口は、悲しみ宿る心に錯落たる幻想を紡ぐ。

まるで自分自身に言い聞かせるように、玄の父親は自身の理想を体現しようとする。


叶わぬ願いを実現させるためにーー。


その切実な想いは、過ちも真実も嘘も全て赦す幻想へと変えてくれた。


遠く、近く、麻白の歌声が響いている。

玄の父親は心に残るその歌声に耳を澄ませた。

娘の声音は彼の居る社長室の中を厳かに舞い、色彩とともに祝福の歌を奏でている。

遅過ぎた娘の願いさえ、玄の父親には愛しく感じられるようにーー。

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