第五十ニ章 根本的に不遇の出会い④
輝明と焔が決意を新たにしていた頃ーー。
「私に足りないのは彼とーー黒峯蓮馬と向き合う覚悟ではなく、黒峯蓮馬に力を貸した真実を告白すること」
輝明の母親は在りし日の過去の出来事を想起していた。
「私達、阿南家も変わらなくてはなりませんね」
輝明の母親は玄の父親が成そうとしていることを全て知っているわけではない。
今回の騒動の火種となった昂の行動理念を、魔術の分家である阿南家は認知することさえもできないかもしれない。
それでも輝明の母親は息子とその従者の決断を尊重した。
玄と父親と向き合うための宣誓をした時、真実は現実になる。
告解を告げるだけでは何も変わらないと気づいたから。
今の自分が居るのは、焔の祖父を始めとした他の多くの人達と関われたから。
自分だけではできないことでも、誰かと関わることで突破することができたのだ。
輝明の母親はあの日の出来事を呼び起こす。
『彼』もまた、息子の輝明と関わったことで世界が変わった一人だから。
三崎カケル。
その人物の父親が事故を起こし、麻白を死なせる結果になった。
後に、玄の父親の魔術の知識を用いることによって、麻白は綾花の心に宿る形に成される。
実質、それは生き返ったともいえなくともないが、不完全な形ともいえた。
だからこそ、玄の父親は自身の望みを通そうと、躍起になった。
綾花に麻白の心を宿らせただけではなく、麻白の記憶を施し、本来の麻白の人格を形成させる。
さらには、綾花に麻白としての自覚を持たせようとしていた。
「あなたが娘をーー麻白を生き返そうとしていることは、独りよがいの片思いと一緒よ」
輝明の母親がそう言ったのはいつの頃だっただろうか。
彼女は玄の父親の旧知の仲で、彼と同じ魔術に関わる家系の人間。
しかし、彼女の発した想いは玄の父親には届かなかった。
「一番、変わるべきはあなたよ……」
輝明の母親を一瞥した玄の父親はゆっくりと笑みを作り上げてからーー表情を消した。
「それでも、私は麻白に戻ってきてほしいんだ……」
失意の日々を過ごしていた玄の父親は悔悛の表情を浮かべながら彼女に訴える。
「君が理解してくれなくても、私は娘に戻ってきてほしい。君も輝明くんがいなくなったら、私と同じ想いを抱くはずだ」
「それは……」
息子の名を出されて、輝明の母親はそれ以上、何も言えなくなってしまう。
確かに輝明がいなくなったら、彼女もまた、息子を生き返させる方法を求めるのだからーー。
子供の死の間際に、それを助けたいと願うのは輝明の母親も同感だった。
それは決して変わらない不変の事実だろう。
どうして黒峯蓮馬のことを知っているのかーー。
綾花達はーーそして輝明達はあの場で輝明の母親に問いたいことが無限にあったはずだ。
玄の父親との関係も。玄の父親に協力するに至った過程も。
ただ、それを敢えて問うことはしなかった。恐らく同行を認めた輝明の母親の心境を汲んで判断だろう。
故にその問いが叶うときは、きっと輝明の母親が玄の父親と対峙した時。
輝明の母親はそのことを漠然と理解できていたのだった。
帰途についていた道中ーー。
「『エキシビションマッチ戦』か。対戦相手のプロゲーマーに魔術の本家、由良文月さんと神無月夕薙さんがいる時点で、もうただのゲームの対戦ではないよな」
元樹はその言葉を口にして、如何したものかと考え倦ねる。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の準決勝で敗退したという事実は、玄達『ラグナロック』の結束を固める形になった。
しかし、これからの指向は余りにも判断に困るものであった。
チーム戦を敗退しても、綾花は玄達ととも『エキシビションマッチ戦』を観戦するために大会会場に向かうことになる。
それは言い換えてみれば、観戦している間は綾花を捕らえる絶好の機会ともいえた。
もし、黒峯蓮馬さんの関係者が大会会場にいるのなら、この好機に綾花を狙ってくるかもしれないな。
元樹の懸念に繋ぐように、拓也は慎重な面持ちで尋ねる。
「元樹、『エキシビションマッチ戦』の時はどうする?」
「状況が状況だからな。とにかく綾の側で護っていくしかないだろうな。輝明さんと焔さんの力を借りて対処していくしかない」
拓也の素朴な疑問に、元樹は状況を照らし合わせながら応える。
「それに阿南家の人達は魔術の影響を受け付けないからな。綾を完全に麻白にする魔術にも対抗できるかもしれない」
「そうだな」
明確に表情を波立たせた元樹に、拓也は改めて綾花に目を向ける。
目下、一番重要になるのは綾花達を護ることだ。
以前は陽向くんの魔術によって、綾花は完全に麻白にされてしまいそうな状況まで追い込まれてしまった。
その魔術は綾花達自身の意思ではね除けることは出来た。
しかし再び、その魔術を使ってこないという確証はない。
綾花はーーそして上岡は、いつだって自分の運命に翻弄されながらも他人のことばかり考えている。
それはどこまでも危うく、とてつもなく優しいーー。
綾花と上岡と雅山、そして麻白。
近くて遠い、背中合わせの四人。
誰よりも近いのに、お互いが自分自身のため、触れ合うこともできなければ、言葉を交わすことも許されない。
だけどーー。
会えなくても、言葉を交わせなくても、四人は繋がっている。
心を通してなら、想いを伝えられるし、悲しみや苦しみも半分こにすることができる。
手を伸ばせなくても、お互いがお互いの涙を拭えると信じているのだろう。




