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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
33/446

第三十三章 根本的にただいまと言いたくて

『YOU WIN』

「勝った…‥…‥」

「…‥…‥っ」

システム音声がそう告げると同時に、綾花と尚之の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。

観戦していた生徒達もその瞬間、ヒートアップし、割れんばかりの歓声が巻き起こった。

綾花はモニター画面上に表示されているポップ文字を見遣り、改めて自分の勝利を実感する。

初めて尚之とバトルしたーーあのオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の決勝の舞台での時のことを思い出し、綾花は途方もなく心が沸き立つのを感じた。

ーー俺、ようやく勝てたんだな。

以前、再戦した際は負けてしまった、あの布施先輩にーー。

震えるような充足感と高揚感に、綾花は拳を握りしめて喜びを噛みしめる。

「宮迫さん」

これ以上ない勝利の余韻に浸っていた綾花は、不意に背後から名前を呼ばれて振り返った。

「今回は僕の負けだ」

「これで、イーブンだな」

尚之が態度で負けを認めてくると、綾花は当然というばかりにきっぱりと告げた。

彼女らしい反応に、尚之はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。

「ああ、次は負けない」

「いや、次も俺が勝ってみせる」

尚之と綾花は互いに向かい合うと、不敵な表情を浮かべながら、しばし睨み合った。

「布施、宮迫」

そんな中、唐突に壇上に上がってきた1年C組の担任から言葉を投げかけられて、綾花は尚之から1年C組の担任へと視線を向ける。

「先生?」

「二人とも、今がどういう状況なのか、分かっているな?」

綾花の戸惑いとは裏腹に、1年C組の担任が険しい表情のまま、人差し指を立てて言った。

「…‥…‥あっ」

1年C組の担任に指摘されて、綾花はようやく、今が課外授業の時間だということに気づく。

生徒達の歓声が響き渡る中、綾花は動揺をあらわにしながら、慌てて視線を床に落として謝罪した。

「先生、すみません」

「ご迷惑をおかけしてしまってすみません」

申し訳なさそうに謝罪する綾花に相次いで、尚之も粛々と頭を下げる。

その様子に、1年C組の担任は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「はあ…‥…‥。それにしても、舞波が関わると、初日からろくでもないことばかりが舞い込むな」

1年C組の担任は腕を組んで考え込む仕草をすると、昂がいると思われる壇上裏を物言いたげな瞳で見つめた。

かくして、これからこの課外授業について、各先生方から詳しい事情説明を求められると思うと、1年C組の担任はさらに気苦労が倍になった気がして憂鬱な気分になったのだった。






「宮迫」

「宮迫さん」

終業のホームルーム。

1年C組の担任の話が終わり、日直の号令に合わせて挨拶を済ませると、クラスメイト達が颯爽と綾花の目の前に殺到した。

驚く綾花に、先頭のクラスメイトの少女が話しかけてくる。

「帰りに、駅前のスイーツショップに行かない?」

「いや、だから、俺は用事があるから」

困ったように苦笑する綾花を尻目に、あくまでも軽い調子で言うクラスメイトの少女を押し退けるようにして、後ろにいた生徒達がいっせいに訊いてくる。

「宮迫、おまえ、すげえな!あの、布施先輩に勝つなんて!」

「なあ、俺達とも対戦しようぜ!」

「悪い。今日は用事があるから、また、今度な」

先程の課外授業の件で、早くもクラスメイト達から質問攻めに合う綾花に、いまだ教壇に立っていた1年C組の担任が声をかけてきた。

「…‥…‥宮迫、先程の課外授業の件で話がある。ちょっといいか?」

「ああ」

1年C組の担任が手招きして呼びかけると、席を立った綾花は慌てて鞄とサイドバックを掴み、1年C組の担任のもとへと駆けていく。

教室を出て、1年C組の担任が向かった先は校舎裏だった。

校舎の陰で陽が当たらず、昼食を摂るにも休憩を取るにも向かない暗所だ。一般生徒は用事がない限り、まず近づくことはない。

1年C組の担任はそれでも人影がないか確認してから、綾花に視線を戻す。

「ホームルームに舞波がいなかったようだが、何か知らないか?」

「昂なら、ホームルームになった途端、我は逃げるとか言ってどっかに消えたけど」

「…‥…‥はあ。また、魔術を使って逃げたな」

予想どおりの昂の行動に、1年C組の担任はげんなりとした顔で辟易する。

額に手を当てて不愉快そうに顔をしかめると、1年C組の担任は気を取り直したように話を切り出してきた。

「宮迫。明日は瀬生が出席して、宮迫は休みだということでいいんだな?」

「ああ」

改めて確認する1年C組の担任の言葉に、綾花ははっきりと頷いた。

「分かった。私は今から舞波に先程の課外授業の件で話があるから、申し訳ないが明日のことは井上と二人で話し合ってほしい」

「井上に?」

1年C組の担任の言葉に、綾花がきょとんとした顔で目を瞬かせる。

「あや…‥…‥宮迫」

「井上」

終業のホームルームを終え、校舎裏へと駆けてきた拓也が綾花と1年C組の担任のやり取りに割って入ってくると、綾花は拓也の方を振り向き、彼の名を呼んだ。

昂を探しに行くと告げて踵を返した1年C組の担任と入れ替わるように、拓也は目をぱちくりと瞬いている綾花の前に立つと、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で呼びかける。

「なあ、宮迫」

「うん?」

声はちゃんと綾花に届いた。

警戒するように辺りを見渡した後、拓也は深呼吸をするように深く大きなため息を吐くと、綾花にこう告げた。

「ここなら、誰もいないだろうし、上岡としてーー宮迫として振る舞う必要はないだろう?」

「ーーそ、そうかな」

拓也がそう言った瞬間、綾花の表情がいつもの柔らかな表情に戻る。

そんな綾花の手を取ると、拓也は淡々としかし、はっきりと告げた。

「綾花。今日、大丈夫だったか?」

「うん、大丈夫だよ」

不似合いに明るく、可愛らしささえ感じさせるような綾花の声に、拓也は苦り切った顔をして額に手を当てた。

「本当か?隣のクラスのみんなに囲まれていた時は、かなり困っていたみたいだったけどな」

「…‥…‥こ、困っていないもの」

綾花の硬い声に微妙に拗ねたような色が混じっている気がして、拓也は思わず苦笑してしまう。

「…‥…‥ううっ」

ぷくっと頬を膨らませ、怒った仕草を見せる綾花に、拓也は率直に言う。

「ははっ、綾花がいつもの綾花に戻って良かった」

「えっ?」

不思議そうに小首を傾げる綾花の頭を、拓也は穏やかな表情で優しく撫でてやった。

「…‥…‥正直、不安だったんだ。綾花が上岡としてーー宮迫として振る舞っている間、俺は綾花にどう接したらいいんだろうってずっと考えていたから」

「たっくん…‥…‥」

いつものほんわかとした綾花とのやり取りに、拓也は嬉しそうにひそかに口元を緩める。

いつもと変わらない他愛ない会話が、拓也には妙に心地よく感じられた。

「お帰り、綾花」

「うん。ただいま、たっくん」

そわそわとツーサイドアップを揺らして花咲くようににっこりと笑う綾花を見て、拓也も胸に滲みるように安堵の表情を浮かべてみせる。

「よお、拓也、瀬生」

とその時、遅れて校舎裏へとやってきた元樹が綾花達の方に歩いてきた。

「瀬生、ついに、兄貴にリベンジできたな」

「あっ…‥…‥う、うん」

綾花の正面に立った元樹が明るい表情でそう言うと、綾花は目をぱちくりと瞬いた。

照れくさそうに視線を俯かせる綾花に、元樹は意図的に笑顔を浮かべて言う。

「まさか、兄貴に勝つなんて思わなかった」

「…‥…‥ありがとう、布施くん」

穏やかな表情で胸を撫で下ろす綾花を見て、元樹も胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる。

拓也は軽く肩をすくめると、前々から疑問に思っていたことを口にした。

「それにしても、舞波は今回、何がしたかったんだろうな」

「確かにな。まあ、瀬生に兄貴へのリベンジをさせてやりたかったのは間違いないが、あの様子を見る限り、他にも何かありそうだよな」

拓也がさらに何かを告げようとする前に、綾花がほんわかとした笑みを浮かべて拓也と元樹の会話に割って入ってきた。

「あのね、たっくん、布施くん。あの後、舞波くんに聞いたら、私に布施先輩への再々戦の機会を与えてあげたかったのと、私のーー『宮迫琴音の生徒手帳』の効果を確認したかったみたいなの」

「はあ?なんだ、それは?」

その思いもよらない言葉は、拓也の幼なじみであり昂の友人でもある綾花から当たり前のように発せられた。

しばらく思案顔で何事かを考え込んでいた元樹だったが、顔を上げると綾花達を見渡しながら自身の考えを述べた。

「…‥…‥なるほどな。つまり、舞波は瀬生のーー宮迫琴音の生徒手帳の効果がどこまで影響を及んでいるのか確かめたかったわけか」

「…‥…‥それはつまり、この学校全体に綾花のーー宮迫の生徒手帳の影響が及んでいるってことなのか」

怪訝そうな顔をする拓也に、元樹はきっぱりとこう続けた。

「いや、もしかしたら、もっと広範囲に影響が及んでいるのかもしれない。けど、瀬生のーー宮迫の生徒手帳は調べてみても、特に変わったところはないよな?破っても何も変わらないし、一体、どうやったら、宮迫がこの学校に在籍しているっていう事実を変えられるんだろうな」

「分からない。だけど、きっと、何かしらの方法があるはずだ」

困惑したように軽く肩をすくめてみせる元樹に、拓也は決然とした表情で言った。

そんな中、綾花は一人、遠くへと視線を向ける。


『おかえり、綾花』

『うん。ただいま、たっくん』


先程の拓也との会話を思い出して、綾花はほのかに頬を赤くし、両手を胸に当てるとこの上なく嬉しそうに笑ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昴の魔法をなんだかんだ、拓也も元樹もすっかり受け入れているように見えて、綾花もですが。とても面白かったです。昴君はこの世界ではたちの悪い、あの青い丸い便利ロボットのようですね。今回もとても…
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