第四十九章 根本的に不遇の出会い①
「魔術の本家の者達が、舞波昂の行動理念を把握できなかった理由がこれか」
「判断つかなかったのも無理もない」
そう理解した阿南家の者達はいささか落ち着きを取り戻す。
だが、一度根付いた恐怖というのは簡単に拭えるものではない。
それが現実のものであったのならば、なおさらに。
阿南家がこれから理解不能な舞波昂に関わっていく。
彼らはその恐怖にかき消されてしまいそうな意識を懸命に繋ぎ留める。
茨のそれにも見えたその道程はまだ、始まったばかりだったからーー。
「それにしても、今回も舞波がいつの間にか携帯を所持していた理由は黒峯文哉さんの魔術によるものだったんだろうか」
「ああ、恐らくな」
拓也が発した懸念材料に、元樹は憔悴しきった面持ちで応える。
そんな拓也達の心情に拍車をかけるように、今回の文哉による騒動は新たな戦いの幕開けを匂わせるものだった。
「舞波はいまだに、輝明さんが前にオンライン対戦で完敗した相手だということは気づいていないみたいだな」
「今、気づいたら、いろいろと大変なことになりそうだな」
拓也の気がかりに、元樹もまた、苦悩の表情を晒した。
それはオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦前日の出来事。
綾花達は新幹線と列車を乗り継いだ後、今回も準備をかねて、近くにある1年C組の担任の実家に泊まることにした。
朝食を終えた後、綾花と昂の母親の準備が終わるまでの間、拓也と元樹は、1年C組の担任と今回の大会の対策についての会話を交わしていた。
昂は二階で一人、ゲームを堪能しながら、綾花と魔術書を守るための方法を模索している。
これからオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会だというのにゲームを堪能するという昂の有り様。
相も変わらずの昂のマイペースぶりに、拓也は呆れたようにため息をついていた。
そんな状況で巻き起こった異常事態。
先程まで浮かれ気分で、ゲームに熱狂していたはずの昂の声がいつの間にか聞こえなくなっている。
昂に騒がれたり、絶叫されると、非常に困るのだが、声が全く聞こえないということは余程、尋常ではない事態が起きていることを意味していた。
実際のところ、昂は輝明に負けて呆然自失となっていた。
輝明の挑戦に焚き付けられて、昂はオンライン対戦を受けたのだが、見事に完敗してしまったのだ。
舞波のことだ。
前にオンライン対戦で敗北した相手が輝明さんだということに気づいたら、怒涛の勢いで再戦を申し込みに行くだろう。
あるいは魔術による決闘を申し込んでくるかもしれない。
もしそうなれば、阿南家の人達は輝明さんと焔さんの同行を拒否してくるかもしれない。
悶々と苦悩していると、そんな不安さえ拓也の頭をもたげてくる。
その証左に、昂は何度も自身を無視した罪として、陽向が入院している病院に乗り込もうとしていたのだからーー。
先程の騒動を想起させるような事実に、拓也は苦々しい顔で眉をひそめる。
「舞波には輝明さんが以前、敗北した相手だということは気づかれないように立ち回らないとな」
「そうだな」
切羽詰まったような拓也の声に、元樹はあくまでも真剣な表情で頷いた。
「元樹、これからどうする?」
「今日は状況を整理した後、帰宅しようと思っている。また、魔術の本家の人達が間に割ってこないとは限らないからな」
拓也の疑問に、元樹は周囲を視野に入れながらそう判断する。
「黒峯蓮馬さんの魔術の知識と陽向くんの魔術。そして、黒峯文哉さん達を始めとした魔術の本家の人達。それらを舞波の魔術か、俺の持っている魔術道具、そして輝明さんと焔さんの魔術で対処しなくてはならない」
機会を窺う元樹の思考は、さらに加速化する。
「今後の問題は『エキシビションマッチ戦』の時にどう仕掛けてくるのかだな」
静かに紡がれる元樹の言葉は、既に玄の父親達が『エキシビションマッチ戦』で仕掛けてくることを確定事項としていた。
だが、当面の相手は玄の父親達だ。
少なくとも今は魔術の本家の者達が輝明達に手を出してくることはないだろう。
魔術の本家の者達は現在、昂という特異な存在の分析に追われている。
なおかつ他の分家の者達の動きも活発化し、『エキシビションマッチ戦』が迫っている状況である。
文月と夕薙はプロゲーマーとして『エキシビションマッチ戦』の対応に追われているはずだ。
魔術の本家、由良家と神無月家は恐らく、『エキシビションマッチ戦』で動きを見せることになる。
文哉を始めとした黒峯家も当面は問題を順繰りに片付けていけば良い、という地盤を確保しているはずだ。
「それにしても『エキシビションマッチ戦』か。対戦相手のプロゲーマーに魔術の本家、由良文月さんと神無月夕薙さんがいる時点で、もうただのゲームの対戦ではないよな」
「そうだな」
元樹の決然とした意思に、拓也は真剣な眼差しで応えた。




