第四十六章 根本的に落涙の後の明日⑥
『舞波昂くん、君に聞きたいことがある』
「むっ? 貴様、何処にいるのだ?」
通話の向こう側から低い男の声がして、昂は衝動的に狼狽える。
その声の主は昂にとって因縁の相手である玄の父親でも陽向でもなかった。
先程、昂の魔力を感知した文哉だった。
機は満ちたなり。
先程までの不安を一蹴し、昂は不敵な笑みを浮かべる。
「我に聞きたいことがあるということは貴様、やはり、我の熱烈なファンだったのであろう」
無策無謀、愚の骨頂。
それらと縁の深い昂は的外れな意見を口にしながら、携帯に対して攻撃態勢を整える。
昂の語り口を無視して、文哉は本題へと入った。
『先程の魔力は君のものなのか? 素晴らしい魔力だったが』
「むっ、我の魔力が素晴らしいだと!?」
話題に登ったのは昂の魔力の高さ。
昂と接触を試みてきた文哉の率直な感想は、昂には額面以上の重みがあった。
警戒していた相手からの称賛、昂にとってそれは思いがけない喜びだった。
「この状況で連絡を取ってきたということはーー」
「ーーっ」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示す輝明の母親の姿があった。
黒峯家の人達は先程の魔力が舞波のものだということに気づいたのかもしれないな。
そしてーー
元樹は今回、昂に連絡を取ってきた文哉の思惑に着目する。
『私も是非、君の魔力のお披露目をお目にかかりたいものだな』
「おおっ……!」
予期せぬ発言を聞いた瞬間、昂は歓喜の色を浮かべた。
自身の魔力を絶賛されたことで、まさにご機嫌の極みにある。
「素晴らしい、素晴らしいぞ、魔力の誇示というものは! まさに我を一躍有名人にする晴れ舞台というものではないか!」
腕を組んだ昂は嬉々としてそう宣言する。
「もしかして舞波の魔力を感知したのか?」
「いや、それだけじゃないだろうな」
曖昧だった思考に与えられる具体的な形。
独り言じみた拓也の呟きに応えたのは状況を把握した元樹だった。
「恐らく、黒峯家の人達は舞波が魔術の分家である阿南家に出向いていることを知っている。その上で阿南家の人達が会話に割って入ってくるのを待っている節がある」
拓也が抱いた疑問に、元樹は状況を照らし合わせながら応える。
それは仮定の形をとった断定だった。
「黒峯家の人達は阿南家の人達の出方を窺っているのか」
「まあ、阿南家の人達は様子見みたいだけどな」
渦巻く陰謀と魔術が取り巻く異常性。
綾花達が知らない間にも、それはこの世界の裏側で蠢いている。
元樹の言葉を裏付けるように、阿南家に仕える者達は戦々恐々と昂の様子を見守っていた。
阿南家の家主の息子の従者ーーただ一人を除いては。
「さあ、ここからが本番だぜ」
輝明の隣で好機とばかりにそう発したのは焔だ。
焔が語った理想、しかし阿南家の者達の中にはそれは必要ないと断じている者もいるはずだ。
だが、魔術の本家、黒峯家の屋敷に賓客として招かれたのに全てを台無しにした昂。
その人物が阿南家に来ると知れば、阿南家の者達は迷わず、昂に関する議題を進めるだろう。
そこに乱入すれば、阿南家の者達は元凶である昂へと着目する。
さらに昂の魔力を誇示すれば、魔術の本家の者達も阿南家へと目を向けるだろう。
焔の目論見はそこにあった。
「くそっ……。魔術の本家の者に目をつけられるような事をしやがって。何が本番だよ……」
「むっ、決まっているではないか。先程の我の魔力の素晴らしさを語り尽くす必要性があるからだ!」
当然、焔の目論見に対して不満を漏らす者もいた。
だが、自身に言われたと勘違いした昂は傲岸不遜な態度で率直な意見を述べる。
「素晴らしさ……本当にそうなのか?」
拓也が抱いた疑問に応えるように、元樹は推測を確信に変えた。
「いや、舞波のことだから出任せを言っている可能性が高いな」
確信を込めて静かに告げられた元樹の問いは阿南家の者達へと向けられる。
「な、何なんだ……こいつは? 何で突然、会話に入ってくるんだ? 全ての元凶はおまえだろう」
昂は勇住邁進の精神。
危うく昂のペースに流されそうになるが、声を上げて踏みとどまる。
それでも先程、焔に対して不満を漏らしていた者は想像の斜め上をいく昂の答えに驚愕していた。
「黒峯家の人達でも、阿南家の人達でも舞波の突飛な行動を読むのは相当難しいだろうな」
元樹は戸惑いを振り払うように、電話の主である文哉の動向に注視する。
しかしーー
「ふわわっ、たっくん、元樹くん、携帯が……」
綾花が視線を追った先には、ヒビが入った携帯と虚しい空電音だけが残されていた。
欣喜雀躍のように喜んだ昂が携帯を放り投げたことであっさりと通話は切れてしまっていたのだ。
「今回も舞波がいつの間にか携帯を所持していた理由は、黒峯文哉さんの魔術によるものだったんだろうか?」
携帯が壊れた今、それを確かめる手段はない。
状況がいまいち呑み込めず、拓也は苦々しい顔で眉を顰めるしかなかった。




