第四十五章 根本的に落涙の後の明日⑤
黒峯家の者達によって告知された議題の賓客であったーー昂の欠席による会合の中止という情報が、魔術の家系の者達の間で今も物議を醸している。
その影響により、黒峯家の会合に招かれた魔術の本家の者達は議題にあがっていた昂の存在を知るよしもなく本家へと帰還させられた。
会合の主催者である文哉は賓客でありながら奇襲を仕掛けてきた昂達の対処に回った結果、今も屋敷で後始末に追われていた。
なおかつ、魔術の本家の者達である玄の父親と陽向を撤退に追い込み、そして由良家と神無月家の代表者である文月と夕薙を相手取っても怯まなかった不屈不撓の昂達。
黒峯家の会合の現場で起きた事変をきっかけに、昂は魔術の本家の者達から様々な観点から注目を集めていた。
今回の協力を認めれば、間違いなく輝明の力にも目を向けられることになる。
その時、阿南家は全力を持って輝明を護らなくてはならない。
そして、輝明の母親には今回の昂の魔力の誇示に対してどうしても腑に落ちないことがあった。
「それにしても何故、舞波昂は魔力の誇示をするためにあのような格好でここを訪れたのでしょうか?」
「お嬢様、それは儂にも判断つきかねません。ですが、舞波昂が魔術の本家の者達から注目を浴びているのは事実。後々のために協力しておくことに越したことはありません」
焔の祖父はそこで意図的に笑みを浮かべる。
「それに輝明様の力で時を止める極大魔術ーー時間の概念という戒めから解き放たれた瀬生綾花も興味深い存在です。輝明様の力もいずれ、魔術の家系の者達から注目を浴びることになるでしょう」
淡々と告げられる事実。
今回の騒動の火種となった昂の力を、輝明と焔が阿南家の代表として同行することで見極める。
そのための駆け引きをこの場で行う。
それを成し得るために、焔の祖父は決然とした態度で宣言する。
「魔術の本家の者達は既に舞波昂だけではなく、輝明様の動向にも注目しております」
「その輝明に、もしものことがあったらどうするのですか?」
顔を上げた焔の祖父は輝明の母親の追及を受け止める。
彼女が見せる真摯な瞳。
その中に隠された不安と戸惑いを、焔の祖父は甘んじて受け止めた。
「お嬢様、申し訳ございません。ですが、黒峯蓮馬の目的はあくまでも黒峯麻白の心を宿している瀬生綾花。彼女と心を融合させている上岡進、心を分け与えている宮迫あかりになります。そして、黒峯家の者達の目的は、魔術に関わる家系の者ではないのに魔術を行使する舞波昂になります」
淡々とした口調の中に、輝明の母親は焔の祖父の抱えたものの根深さを垣間見る。
焔の祖父は阿南家を守護する役目を携わっている。
それは言ってみれば、たとえ同じ魔術の家系の者でも、阿南家に災禍を振り撒く者は容赦しないという信念の表れでもあった。
たとえ、それが黒峯家が欲する者達だとしても、阿南家の子息、輝明の関係者なら必ず守り抜かねばならない。
「魔術の本家が注目する者達に貸しを作っておくことは悪くない選択肢だと儂は思います。彼らに関わっていけば、自ずと見えてくるものがあるかと」
焔の祖父は断腸の思いで座する。
魔術の深遠の果てで、焔の祖父は何を見据えるのだろうか。
玄の父親の旧知の仲で、彼と同じ魔術に関わる家系の人間である輝明の母親は今宵、何を感じるのだろうか。
阿南家に仕える者達はただ、その光景を黙して見守っていた。
この場で何が起ころうとしているのか。
誰しもが、這い寄る魔術の気配に耳をそばだてていた。
その時、緊迫した静謐を壊すような鋭い声が響き渡る。
「……へえー、同行を認めるなんて面白いじゃねぇか。どこまでも予想外で楽しませてくれるぜ」
焔の祖父の直言は少なくとも焔の心を高揚させた。
「……そうこなくちゃな。少なくとも今回の件で、魔術の本家の奴らは俺達の力をーー阿南家の力を知ったんだからな」
焔の胸中は大いに歓喜に満たされる。
自身が掲げた理想を成すその日は必ず訪れると実感できたから。
輝明と焔の協力を認めるか、否か。
やがて、その決断は阿南家の家主である輝明の母親に託される。
重い沈黙。戦慄にも近い。
その場にわだかまる沈黙の重さに耐えかねて、拓也が口を開く。
「元樹、大丈夫なのか?」
「後は阿南家の人達の決断を信じるしかーー」
言いさした元樹の近くで、不意に場違いなほど軽薄な電子音が鳴り出す。
その出どころを探っていくと、昂が持っている携帯へと行き着いた。
「何が起こったのだーー!! 何故、我はまた、使い方が分からぬ携帯なるものを持っているのだーー!! 助けてほしいのだ、綾花ちゃんーー!!」
「ふわっ、ちょ、ちょっと、舞波くん」
他ならぬ昂が面食らい、慌てて助けを求めるように綾花に抱きついてくる。
「おい、舞波! どさくさに紛れて、綾花に抱きつくな!」
「おまえ、勝手なことばかりするなよな!」
「否、我なりのやり方だ! そして、我は綾花ちゃんから離れぬ!」
綾花はぎこちない態度で三人を見つめる。
そんな彼女を尻目に、拓也と元樹は綾花から昂を引き離そうと全力を注ぐ。
だが、それでも昂は綾花にぎゅっとしがみついて離れようとしない。
熾烈な攻防戦が繰り広げられる。
それに伴って、携帯が昂の手元から零れ落ちた。
その瞬間、まるで仕組まれていたように通話ボタンが押された。




