第四十四章 根本的に落涙の後の明日④
そんな文哉の思惑が迸ったことなど露知らず、昂は必死に自身の力を誇示していた。
「我は、我のやり方で我の力を誇示してみせるのだ! 我の力を前にして驚愕するのだ!」
昂のその滾る感情はこの場を思いっきり暴れるための熱量へと変わった。
阿南家の屋敷を震撼させるような熱量ーーしかし、それは突如、途絶える。
「綾花ちゃん、我はもうダメだ……」
「ふわわっ、舞波くん」
昂は強力な魔力を維持し続けることができず、綾花の側で力尽きたのだ。
その時、やや冷めた声が背後から聞こえてきた。
「……おまえは一体、何がしたいんだ?」
「……はあはあ、貴様ら、何の用だ。……こ、断っておくが、我は決して、魔力が持続できなかったわけではないぞ」
「……おい」
「おまえ、本当に緊張感がないよな」
素知らぬ顔で自ら自白してきた昂の有り様に、拓也と元樹は辟易する。
「舞波昂、これほどの魔力の持ち主なのですか……」
「お嬢様、舞波昂の魔力は名高い魔術の本家の者達にも見劣りしていません。魔術の本家の者達を相手取ったというその実力は確かだと思われます……!」
それでも昂の高い魔力を見計らって、さすがの輝明の母親と焔の祖父も感服する。
この場に集った者達はみな、魔術の家系の者達だった。
それ故に、昂の魔力の大きさを認知する。
昂の思惑どおりに、阿南家の魔術の家系の者達は極度に取り乱していた。
「阿南家の方にお願いしたいことがあります」
そこに拓也が意を決して場に割って入る。
阿南家の者達の視線が一斉に拓也に集中するが、それでも拓也は臆せず前に出た。
「俺達は綾花達を護りたいんです。そのために力を貸してほしいんです」
率直で偽りのない拓也の心情の吐露。
それは後続の元樹の意思をも確固たるものにしていった。
「俺達は阿南輝明さんと阿南焔さんのことは仲間だと思っています」
元樹は阿南家の者達を見据えて確かな想いを示す。
「これからも阿南輝明さんと阿南焔さんが俺達と同行することを認めてもらえませんか?」
「お願いします」
明確に表情を波立たせた元樹に同調するように、拓也は改めて阿南家の家主である輝明の母親に目を向ける。
綾がまた、綾としていつでも笑えるように、と拓也は心から願った。
そして、それは輝明と焔の協力によって叶えられるものだと信じている。
目下、一番重要になるのは綾花達を護ることだ。
以前は陽向くんの魔術によって、綾花は完全に麻白にされてしまいそうな状況まで追い込まれてしまった。
その魔術は綾花達自身の意思ではね除けることは出来た。
しかし再び、その魔術を使ってこないという確証はない。
綾花はーーそして上岡は、いつだって自分の運命に翻弄されながらも他人のことばかり考えている。
それはどこまでも危うく、とてつもなく優しいーー。
綾花と上岡と雅山、そして麻白。
近くて遠い、背中合わせの四人。
誰よりも近いのに、お互いが自分自身のため、触れ合うこともできなければ、言葉を交わすことも許されない。
だけどーー。
会えなくても、言葉を交わせなくても、四人は繋がっている。
心を通してなら、想いを伝えられるし、悲しみや苦しみも半分こにすることができる。
手を伸ばせなくても、お互いがお互いの涙を拭えると信じているのだろう。
しかし、あの時の綾花は、四人分生きているという自覚より、麻白として生きているという自覚の方が強くなっていた。
麻白に戻ってきてほしいーー。
綾花が再び、あの状況に追い込まれたら、黒峯蓮馬さん達の要求に応えてしまうかもしれない。
そうなれば、綾花を護るどころではなくなるだろう。
だからこそ、それに対抗できる輝明さんと焔さんの協力が必要不可欠だった。
「あの者達と同行? それはつまり、輝明様と焔があの舞波昂に協力するということでは?」
阿南家の家主の息子とその従者の協力を乞うという思わぬ展開。
元樹が発した懇願に、阿南家の者達はざわめく。
「これを認めたら、阿南家は恐らく黒峯蓮馬とは敵対する形になりますね」
輝明の母親は玄の父親が成そうとしていることを全て知っているわけではない。
今回の騒動の火種となった昂の行動理念を、魔術の分家である阿南家は認知することさえもできないかもしれない。
それでも息子の安否を願い、輝明の母親は眸に不安を滲ませる。
「ねえ、輝明……」
輝明の母親の吐き出された想いが虚空を漂う。
きっと、息子の無事を願う輝明の母親の想いは、娘を想う玄の父親には届かない。
それでも空から射し込まれた陽の光は、輝明の母親の心の中にだけひときわ強く焼き付いた。
「あなた達の意思を尊重したい。でも、私には黒峯蓮馬と向き合う覚悟が足りない」
玄の父親が掲げた理想という名の妄執。
そんな彼と相容れず、袂を断った輝明の母親は自身が犯した罪に心を痛めていた。
「あなたが娘をーー麻白を生き返そうとしていることは、独りよがいの片思いと一緒よ。そう伝えたのに、私はそんな彼に手を貸してしまった」
過ぎ行く過去の過ちとともに、輝明の母親は吐露するように牢乎たる志を示した。




