第四十三章 根本的に落涙の後の明日③
その頃、黒峯家の屋敷では賓客として招いた昂が引き起こした思わぬ騒動の後始末に追われていた。
この魔力は……。
その中心で事後対応していた文哉は誰かが何処かで強力な魔力を発揮している事に気づいていた。
強力な魔力を発揮している者がいる。
魔術の本家の者達か、魔術の分家の者達か、それともーー。
そこまで思い至って、彼は自身が昂の存在を意識している事に気づく。
舞波昂。
魔術の家系ではないのに魔術を行使する存在。
嫌悪感を覚える相手に興味を示している。
一見すると脈絡が見えない。
誰かにそれを問われたら、文哉が返答に窮する存在ーーそれが昂だ。
だが、それでも文哉は昂の魔力の源を知りたかった。
だからこそ、余計に思い知る。
この感情は紛い物で黒峯家の重鎮が抱くものではないものだと。
ここは本来、黒峯家の会合が行われるはずだった屋敷。
無辜なる現実世界に目を瞑り、魔術という慣れ親しんだ光景を忘れられない者達の揺り籠がこの魔術の家系の系譜だ。
無辜なる世界から隔離され、秘匿された魔術ーー。
そんな『いつも通り』を求めた文哉達にとっての『日常』に亀裂が入ったのは昂の存在を知った瞬間だった。
破天荒な彼は世間から秘匿されていた魔術を使って様々な問題を生じさせていた。
文哉が計画を策定した黒峯家の屋敷の会合の場でさえも、賓客として招かれた昂の奇襲によって全てを台無しにされてしまっている。
今もこうして黒峯家の屋敷に赴き、事後処理に回っているのも昂が引き起こした騒動の影響だろう。
いずれ、世間に魔術という存在が知れ渡るかもしれない。
あの時感じた言い知れないその予感は、今はもはや確信に近い。
昂が魔術を使う際に生じる危機は目に見えて増加していた。
もしかしたら、もう既に知れ渡っているかもしれない。
当たり前が当たり前でなくなった時、世界は何が変わるのだろう。
言い知れない不安は、段々と大きくなりつつあるが……その真実は昂と対面すれば、自ずと分かることだろう。
「舞波昂くんがこのまま、魔術を行使すれば、いずれ世間に魔術という存在が知れ渡るのも時間の問題かもしれない。だが、その前に彼の魔力の源を突き止めて、彼の暴走を食い止めれば、魔術の存在はこのまま秘匿されるはずだ」
文哉は事実を噛みしめるように確固たる決意を示した。
「舞波昂くんは何故、魔術を使える者として存在している。その答えを私達、魔術の家系の者達は知る必要がある」
文哉はその答えを求めるように意識を高める。
「だからこそ、舞波昂くんに繋がる芽は、全てその根本を見極めなくてはならない」
正しさを問うたことがある。
それを愚かだと一蹴されたことがある。
文哉は昂の存在を脳裏に浮かべつつ、様々な作業をこなしていく。
「……もう間もなくだ。この身は、この身の行いは間違いなく、魔術の本家にとっての糧となる。そしてーー」
魔術の知識の使い手、黒峯蓮馬。
魔術の知識という特異な力を持つ彼は、黒峯家の中でも特筆した存在だった。
分かっている。
彼に悪意はなく、それを称える人々にも悪意はなく、全てはただの符合に過ぎないのだと。
それでも、嗚呼。
「……私は、黒峯蓮馬以上の魔術の使い手になりたい」
黒峯家の家系の一人で在りたくなくて、自分という個人を識ってもらいたくて。
しかし、天性の才に秀でるものは弛まぬ努力だけだった。
嗚呼、何故、届かない。
何故、私は彼に敵わない?
何故、私の願いは叶わない?
絶望と屈辱が津波のように押し寄せて視界を染める。
刹那思い出されるのは遠い昔。
地上の星空の下、今は亡き母の聲。
『文哉、あなたには才能があります。黒峯家の名に恥じないように強く生きるのですよ』
――それが、記憶に残る原風景。
私が落ちこぼれであった、最後の記録。
奇跡を乞うだけの幼子であったのはいつまでだったろうか。
虐げられた日々を知っていたから、文哉は只人から抜け出そうと邁進し続けた。
「だからこそ、舞波昂くんが何故、魔術を使える者として存在しているのか知りたい。そうすれば、私は黒峯蓮馬以上の魔術の使い手になれるはずだ」
論理感、死生感、善悪。
文哉が抱く感情はある意味、自尊心によるものが強い。
平凡である事が罪だった。
非凡を望まない事が罪だった。
だからこそ、文哉はそんな理不尽な運命に叛逆できる力を願う。
誰かに押し付けられた不条理を撥ね退けるほどの力を求める。
文哉が強くなったのは玄の父親と比肩する力を求めたため、或いは凌駕しうる執着を玄の父親に抱いているために他ならない。
本来なら本腰を入れて昂の調査へと乗り出したいところだが、今は昂が引き起こした騒動の後始末が残っている。
ならば、と文哉は先程の魔力の正体を調べるために携帯を取り出す。
いずれにせよ、賽は投げられた。
舞波昂くんの魔術を間近で見られたのだからな。
文哉は事後書類を手際よく捌きながら、己の信念を頑なに信じていた。




