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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術革命編
321/446

第四十二章 根本的に落涙の後の明日②

「輝明くん」


涙を拭った綾花は輝明を見つめる。


「たっくん、元樹くん、舞波くん、そして今まで出会った大切な人達。ずっとずっとみんなの側にいたいの。だからーー」

 

綾花は万感の想いを込め、願いを伝える。


「当たり前にくる明日がほしいの。明日をこの手で掴み取りたいの」

「……明日をこの手で掴み取る」


それを聞いた輝明の脳裏に昔日の想い出が溢れてくる。


昔日の母と子の想い出。

それは儚い想いに咲く、枯れない魔力の花のようで。


「魔術……?」

「そうよ。貴方は魔術の影響を受けない。私達の家系は、魔術の影響を受け付けないのよ」


輝明の母親は幼い輝明を連れて、夕暮れと黒雲の境目を遠くに眺めながら呟く。

彼女は玄の父親の旧知の仲で、彼と同じ魔術に関わる家系の人間だった。

魔術に関わる家系の人間にとって、魔術書は特別な意味を持つ。

世界を変革する先触れ。

それに伴う緊張感をもたらすのだ。


「手を出して」

「……ああ」


幼い息子を見る輝明の母親のその表情には時折、暗い影が落ち、複雑な感情が見え隠れしていた。

輝明の掌に温かな魔術の光が注ぎ落ちる。


「これが貴方の力。貴方が持つ魔力の流れ」

「これが僕の力か」


輝明は業腹ながらも、輝明の母親の言い分を認める。

玄の父親が経済界への影響力がかなり強い人物であるように、輝明の父親もまた総務大臣ーー政治界への影響力がかなり強い人物だった。

魔術を使うーーその過程に存在した大きな問題。

それは玄の父親と同様に、総務大臣である輝明の父親の手によって秘匿することが出来た。

そうでなければ、このような平穏に満ちた生活を送れるはずもない。


「分からないな。どうして、魔術は僕達しか使えないんだ?」


輝明が発したその問いの答えも、輝明の母親は持っていた。


「魔術はね、魔術に関わる家系の人間でも、使える人と使えない人がいるの。だからーー」


輝明の母親の呟きに、輝明が弾かれたように首を巡らせる。


「この力のことは、私とお父さん以外には話してはだめなのよ」


輝明の母親に釣られて、輝明は空を仰ぐ。


「これは、明日をこの手で掴み取るための力なの……」


空の海は静かに夢たゆたう。

気の緩みから馬脚を露わにした、彼女の独り言とともにーー。


「……よく分からないな」

「貴方にもいつか分かる時がくる。その時、この言葉を思い出して。それが貴方のーーそして大切な人の未来を示してくれるから」


輝明の母親は幸せに浸るように素直な声色を零す。

想いや感情は不思議なもので、肌や距離で伝わる事がある。

幼い輝明は魔術が使える凄さなんて分からない。

自分がどんな力を持っているのかなんて分からない。

でも、幼いながらに、この力は誰かのために。

悲哀を帯びた人達を救うための力なんだと思った。

長い昔日を遡るような道程。

その最中で、大切の人達と救うことができるのだと固く信じて信じて疑わなかった。

だからーー


「どんな苦境に立たされても、全てを覆せばいい。明日をこの手で掴み取るために」


輝明は強い意志を眸に込める。

それは華のように、雨のように、鮮やかな光を夜闇に降らせてーーいずれ訪れる春の恵みを約束するように。


「……うん」


その決意に応えるように幸せ零す満開の花のような笑顔は――まるで春の花。

綾花の嬉しそうな声が明るく風に乗っていた。


「綾花……」

「当たり前にくる明日か……」


拓也と元樹は意思を固めた綾花の方を見遣る。

憂いの帯びた拓也と元樹の声に呼応するように、綾花もわずかに真剣さを含んだ調子で穏やかに言葉を紡ぐ。


「……進、麻白、一緒に頑張ろうね」


そうつぶやいた瞬間、いつものように麻白の想いが、綾花の脳内にぽつりと流れ込んできた。


『あたしも、当たり前にくる明日のために頑張りたい』


「うん、あたしも、当たり前にくる明日のために頑張りたい」


麻白の想いに誘われるように、綾花は嬉しそうに笑ってみせる。


「ああ、そうだな。阿南家の人達と話そう」


拓也は真剣な表情を収めると、頬を緩め、綾花に笑みを向けた。


「綾花。不安要素は多いけれど、輝明さんと焔さんの協力を阿南家の人達に申し出ような」

「綾、一緒に阿南家の人達に願い出ような」

「うん。ありがとう、たっくん、元樹くん」


きっぱりと告げられた拓也と元樹の言葉に、綾花は嬉しそうに頷いてみせた。


「これは、明日をこの手で掴み取るための力なの……」


輝明の母親の吐き出された想いが虚空を漂う。


「輝明、覚えてくれていたのですね……」


その光景はまるで祝福の雨のように降り注ぐ。

嬉しい、と思わず感激を唇に乗せてしまいそうなほどに。

昔から息子との想い出には夕日が多かった。

思い出は幾重も重なって想起する。

ゆらゆらと揺らいでいる己の心を褪めすように、夕日の空気が身を包む。

輝明が導き出した綾花達の未来への道程。

それだけでその場の空気が穏やかに緩んでいった。

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