第四十一章 根本的に落涙の後の明日①
「なるほどな、そうきたか」
阿南家の動向を把握した元樹は、状況を改善するために思考を走らせる。
詰まるところ、阿南家の屋敷への招待と表した阿南家の家主の息子とその従者への協力を申し出てほしいということだ。
恐らく、魔術の分家である阿南家は、今回の騒動の火種となった昂の事を知りたいのだろう。
黒峯家の者達によって、議題の賓客ーー昂の欠席による会合の中止が告知された。
その影響により、黒峯家の会合に招かれた魔術の本家の者達は議題を聞くこともなく本家へと帰還させられる始末。
主催者である文哉もまた、賓客でありながら奇襲を仕掛けてきた昂達の対処に回った。
なおかつ、魔術の本家の者達である玄の父親と陽向を撤退に追い込み、そして由良家と神無月家の代表者である文月と夕薙を相手取っても怯まなかった不屈不撓の昂達。
今回の事変をきっかけに、昂は魔術の本家の者達から様々な観点から注目を集めていた。
それは魔術の分家の者達である阿南家の者達も同様だった。
「今後もおまえらに協力するには、この場にいるーーいつも辛気臭い話をしている奴らを認めさせる必要があるってことだな」
焔の目論見ーーそれは停滞を選んでいる魔術の分家である阿南家の者達を動かすこと。
昂を要に魔術の本家の者達の動きが活発化していることを理由に、阿南家の者達は傍観を決め込んでいる。
『あらゆる隔たりも関係ねえ! 俺は阿南家の存在を、魔術の本家の者ども、他の魔術の家系の者どもにーー世間に認めさせたいんだ……!』
先程、焔が語った理想、しかし阿南家の者達の中にはそれは必要ないと断じている者もいる。
だが、魔術の本家、黒峯家の屋敷に賓客として招かれた昂。
そんな彼にこれからも阿南家の家主の息子とその従者が関わっていけば、魔術の本家の者達、他の魔術の家系の者達、そして世間は必然と元凶である昂へと着目する。
焔の目論見はそこにあった。
「ううっ……。舞波くん、大丈夫かな……」
綾花の視界の先には、阿南家の者達の視線を集めても不遜な振る舞いをする昂の姿があった。
「心配なら、ここからサポートすればいい」
凛とした声が、混乱の極致に陥っていた綾花を制する。
「言ったはずだ。全てを覆すと。諦めるな。母さん達が同行を認めてくれたら、僕達は今後も一緒に手伝ってやる」
「うん……」
綾花の悲痛な想いに応えるように、輝明はこの上なく、不敵な笑みを浮かべる。
魔術書を管理していた黒峯家の者達と魔術の本家の者達に何を成せばいいのかーー。
その答えは未だ、見出だせてはいない。
だが、輝明は答えなど不要とばかりに、その思考を心中で唾棄する。
身体を打つ魔力の流れが熱を引かせ、周囲を包む乱戦の音は彼の心を鎮めていく。
先程、輝明の母親から綾花達の協力への申請を断られた時、輝明の心に迷いが生じた。
綾花と同様の不安と戸惑いもある。
それでも輝明の胸には、戦意がゆっくりと沁み出してくる。
「僕達、『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われている所以はなんだ?」
「……えっ?」
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目」
綾花が答えを発する前に、断定する形で結んだ輝明の意味深な決意。
「それが僕達、『クライン・ラビリンス』の信念だ。その信念を今、この場で成し遂げればいい」
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目……」
輝明が導いた未来への指標に対する綾花の迷い。
そこを突くように、輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わった。
「おまえはおまえの役目を果たせ。僕達は僕達の役目を果たす。それだけのことだ」
「輝明くん、ありがとう」
綾花は輝明達と共に、新たな未来の道を見据える決意を固める。
それは元樹の意思をも確固たるものにしていった。
「俺は輝明さんと焔さんのことは仲間だと思っている」
元樹は輝明達を見据えて確かな想いを示す。
「例え、輝明さんと焔さん達が敵に回ったとしても、俺達は敵対したくはない。なら、輝明さん達が敵に回らないようにできることをするだけだ。阿南家を訪れた今なら、俺達ができることはいくらでもあるからさ」
「……そうだな。輝明さんと焔さんは俺達の仲間だ」
元樹の決意に、拓也は強張っていた表情をほぐすとどこか照れくさそうな笑みを浮かべる。
綾花がまた、綾花としていつでも笑えるように、と拓也達は心から願った。
そして、それは輝明と焔の協力によって叶えられるものだと信じている。
「母さん達がおまえ達を認めてくれたら、僕達は必ず力になってみせる」
「うん。私達は輝明さんと焔さんのことを仲間だと思っているから」
輝明の強い気概に、綾花は笑みを綻ばせる。
相手の隙を見出した訳でもなく、仲間と呼吸を図るのでもない。
昂が力を誇示した事で、事態が好転するわけではない。
しかしーー
「もうおまえ達は僕達の仲間だ」
「ーーっ」
綾花は雨垂れのように様々な想いを重ねて――しかし、震える唇は言葉にもならぬ嗚咽をもらす。
どう戦えばいいのかという思考ではなく、戦わなければならないという感情によって、輝明は前へと進んでいく。
綾花の目の前にいるのは、ただのゲームのプレイヤーではない。
『魔術に関わる家系の人間』の一人としてでもない。
どんな状況からでも決して負けない最強のチームのリーダー。
綾花達が羨望の眼差しで見た『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で二位のプレイヤー、阿南輝明の姿だった。
包み込むようなその力強さと温もりに、綾花の眸から一滴の涙が零れ落ちる。
「輝明くん、ありがとう……。輝明くんはやっぱり優しいね……」
落涙に似た心の中に、止めどなく溢れる感謝の想いを紛れ込ませた。




