表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
32/446

第三十二章 根本的に夜明けを待っている世界

『デュエルマッチが選択されました !』

体育館に響き渡ったシステム音声に、綾花はコントローラーを手にしてモニター画面を見据えた。

期待に満ちた表情で、綾花はなりふりかまっていられなくなったように思わず身を乗り出す。

隣で同じくコントローラーを持ち、メニュー画面を呼び出してバトル形式を選択した元樹の兄、尚之も、今ばかりは目を見開いて事の成り行きを見据えていた。


オンラインバトルゲーム、『チェイン・リンケージ』。


偶然なのだろうか。

それとも必然だったのか。

綾花と尚之。

進が綾花に憑依しなければ、決して交わるはずのなかった二人の世界は再び、重なろうとしている。

バトルが始まるのを今か今かと待ち構えている二人を前にして、拓也は何とも言えない顔で唇を噛みしめた。

『チェイン・リンケージ』のプレイヤーはもとより、大ヒットゲーム初の公式大会決勝の舞台の再来ということで、興味本位にのぞきにやってきた生徒達で、既に体育館は溢れ返っている。

1年C組の担任をはじめ、他の教師達は、体育館に集まった生徒達の収集に追われていた。

「…‥…‥目立ちすぎだ」

盛り上がる体育館の壇上裏で、拓也はげんなりと言って肩を落とす。

押し殺すような拓也の声に、元樹は軽く肩をすくめてみせた。

「まあな。でも、瀬生、楽しそうだな」

「ああ」

元樹の言葉に、拓也は真剣な眼差しで壇上に立つ綾花を見遣ると、どこか照れくさそうな笑みを浮かべる。

「うむ…‥…‥」

昂はそんな台詞には意を介さず、意味ありげに言葉を続けた。

「琴音ちゃん、我がセッティングした特別授業、存分に堪能にしてほしい!」

「…‥…‥いつの間に、ここまで準備していたんだ?」

刺すような拓也の言葉に、昂は薄く目を細める。

「貴様らに答える必要などない」

「…‥…‥おい」

そこから、しばし拓也と昂の視線での攻防戦が続いた。

「おっ?そろそろ始まるみたいだな」

睨み合う二人をよそに、元樹がそうつぶやいたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。


ーーバトル開始。


対戦開始とともに、綾花と尚之は同時に動いた。

迷いもなく突っ込んできた綾花のキャラを視界に収めた瞬間、尚之は早くも連携技を発動させる。

ほぼタイムラグなしで発動させた連携技。

逆手に持った剣にのせて放った一閃が、綾花が操作しているーーペンギンのようなフードを被った小柄な少女のキャラを襲う。

「…‥…‥くっ」

間一髪で難を逃れた綾花は、尚之が操作しているーー騎士風の男性キャラへとさらなる追撃を放とうとした。

「ーーっ!」

しかし、尚之のキャラが突き入れた剣が、綾花のキャラが振るう剣をあっさりと押しとどめてしまう。

剣を振り下ろそうとする綾花のキャラの剣の動きに合わせ、尚之は絶妙な力加減でさらに綾花のキャラへ肉薄する。

剣と剣のつばぜり合い。

綾花と尚之。

三度目のバトルは、尚之が優勢に事を運んでいるようにも思えた。

だが、状況は綾花が操作する小さな少女が尚之の操作する騎士風の男性を弾き飛ばしたことで一転する。

「なっーー」

続く綾花の追撃に反応が遅れ、尚之のその先に続く言葉が形をなす前に、綾花はツーサイドアップを揺らしながら、尚之のキャラに対して斬り下ろしの一撃を見舞わせる。

同時に息も吹きかかるような至近距離で放たれた連携技は、尚之のキャラの体力ゲージをごっそりと奪った。

予測に反した動きーーそして、小柄な身体にあるまじき膂力で尚之を追いつめていく綾花に、尚之は思わず歯噛みする。

モニター画面に写る近代的な高層ビルの屋上で、暁闇の空を背景に対峙する二人は静かにたたずんでいる。

コントローラーを持ち、ゲーム画面を睨みつける綾花を横目で見つめながら、尚之は不意に不思議な感慨に襲われているのを感じていた。

ーーやはり、宮迫さんは強い。

ーー面白い。

言い知れない充足感と高揚感に、尚之は喜びを噛みしめると挑戦的に唇をつりあげた。


「ーー宮迫さんとのバトルは、本当に予測不能で面白いな。だけど、これまでだ」

「そんなはずないだろう!」


交わした言葉は一瞬。

挑発的な言葉のはずなのに、尚之と綾花は少しも笑っていない。

あっという間に離れた二人は、息もつかせぬ攻防を再び、展開する。

「はあっ…‥…‥」

お互いの隠しようもない余裕のなさに、拓也は軽く首を傾げるとため息をつく。

「綾花は、布施先輩とバトルすることができて嬉しそうだな」

「そうだな」

元樹の同意が得られて、拓也はほっとしたような、でもそのことが寂しいような、複雑な表情を浮かべる。

「綾花は俺とゲームをしている時よりも、布施先輩とゲームをしている時の方が楽しそうだ」

ばつが悪そうな表情で二人のバトルを傍観する拓也に、眉を寄せてやれやれとため息をつくと、元樹は大儀そうに言う。

「星原もさ」

「ん?」

元樹は話の流れを変えるように、がらっと口調を変えて言った。

少しタメがあるのが気になり、拓也は試合を観戦するのを一旦、止めて、元樹の方を振り向く。

そうして口にされたのは、思いもよらない言葉だった。

「兄貴はゲーム初心者である自分よりも、瀬生ーー宮迫のようなゲームが上手い子の方が釣り合っているんじゃないかって悩んでいたことがあるんだ」

「星原が?」

思わぬ言葉を聞いた拓也は元樹の顔を見つめたまま、瞬きをした。

元樹は尚之に視線を向けると、さも意外そうにこう続ける。

「そしたら、兄貴は俺と星原の前で、『星原さん以外の人と付き合うつもりなどない』ってきっぱりと言ってのけたんだよな」

「そ、そうなんだな」

驚きで固まっている拓也に、元樹が指を振って付け加える。

「瀬生はさ、拓也にゲームのことを教えている時は、すごく楽しそうに話しているんだ。今、こうして、兄貴とバトルしている時と同じくらいな」

「…‥…‥そうか」

頭をかきながらとりなすように言う元樹に、拓也は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。

「…‥…‥ああ。むかつくくらいな」

元樹が不服そうに投げやりな言葉を返すと、ようやく拓也はほっとしたように微かに笑ってみせた。

ーー 瀬生はさ、拓也にゲームのことを教えている時は、すごく楽しそうに話しているんだ。

元樹の言葉の波紋がじわじわ広がり、拓也の胸の奥がほのかに暖かくなる。

「綾花、俺はーー」

「我は納得いかぬ!」

拓也が何かを言いかける前に、昂は地団駄を踏んで激怒した。

「井上拓也!前々から思っておったが、なにゆえ、ゲーム初心者たる貴様が、綾花ちゃんから教えを請うておるのだ!綾花ちゃんから手取り足取り、教えてもらっているとは、なんと羨ましい!」

憤慨に任せて、昂はひとしきり拓也のことを罵った。ひたすら考えつく限りの罵詈雑言を口にしまくった。

「…‥…‥おい」

「…‥…‥すげえ、屁理屈だな」

「事実を言ったまでだ」

昂が至極真面目な表情でそう言ってのけると、拓也と元樹は思わず呆気に取られてしまう。

だが、昂は当然、それには全く気がつかずに、話を捲し立てまくった。

「綾花ちゃん、我にもゲームのことを教えてほしいのだ!好きだ!大好きだ!いい加減、我の彼女になるべきーー」

「ーーばっ!?」

とっさに拓也が右手で昂の口を塞ぎ、事なきを得る。

拓也は慌てて周囲を窺うが、幸い、体育館は歓声を上げる生徒達で混みあっており、拓也達の話に耳を傾ける者はいなかった。

何故、こいつは綾花の彼氏である俺と恋敵である元樹の前で、当たり前のように綾花に告白するのだろうかーー。

唐突に、昂があまりにも直接的な告白をぶつけたので、拓也は苦り切った顔をして額に手を当てる。

「…‥…‥はあ。ここで言うなよな」

元樹が呆れたように嘆息すると、昂は不愉快そうに顔を歪めた。

「そんなことはどうでもよい! 我は綾花ちゃんに愛の告白を告げようとしておったのだぞ! 邪魔をするな!」

「おまえが最初に、俺達の会話に割って入ってきたんだろう!」

傲岸不遜なまでに自信満々な台詞を昂が吐き出すのを聞いて、元樹は思わず、ムキになって昂を睨み付けた。

大言壮語な昂に対して露骨に嫌そうな顔をする拓也達をよそに、いまやバトルは最高潮に達していた。

尚之が一瞬で間合いを詰めて、綾花のキャラへと斬りかかる。

「ーーっ」

尚之のキャラの強烈な一撃を受けて、綾花はわずかにたたらを踏んだ。

その隙を見逃さず、連携技を発動させた尚之は、完璧なタイミングで一撃を放とうとして、

「なっ!」

斬りふせるぎりぎりのところで、綾花に回避された。

焦りを感じながらも反撃を試みる尚之から一旦、距離を取ると、綾花はビルの谷間を疾駆する。

新たな斬撃を放とうとする尚之も、綾花のキャラを追うようにして、ビルの屋上へと高く高く跳躍した。

「…‥…‥っ」

綾花はビルの谷間を駆け抜け、不意に足を止める。

何故なら、綾花のキャラの目の前に、尚之のキャラが立っていたからだ。

「宮迫さん」

尚之は短く息を吐いて、正面へと誘い込めた敵の名を呼んだ。

「どうやら、ここまでのようだな」

「…‥…‥悪いけど、俺は諦めるつもりはない!」

直前の動揺を残らず吹き飛ばして、綾花は叫ぶ。

『烈風十四連撃!!』

「ーーっ!」

一呼吸の間に、十四連撃を繰り出す大技中の大技。

現最強である尚之がここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。

誰もがバトルの終わりを予測した連携技の大技は、しかし、ぎりぎりのところで体力ゲージを残した。

「なっーー」

尚之が驚きを口にしようとした瞬間、綾花は超反応で硬直状態に入った尚之のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。

『ペンギンローリング!!』

連携技の大技後の大技。

かってのバトルでの再現のように、綾花の繰り出した必殺の連携技を、尚之は剣で凌ごうとしてーー刹那、尚之は綾花が頬を緩めていることに気づいた。

「連携技がくると分かっていたら、いくらでも対処はできる」

綾花がそう口にした途端、とてつもない衝撃が大量のエフェクトとともに尚之のキャラが立っている周囲一帯を襲った。その直撃を受けた一帯には、みるみるうちに大きな亀裂が入る。

これはあらかじめ、ここに仕掛けられていた地形トラップ?

宮迫さんの固有スキル、誘爆かーー。


固有スキル。

昂のキャラの透視化の固有スキルのように、キャラ独自の固有スキルというものが『チェイン・リンケージ』には存在する。

綾花のキャラの固有スキル、誘爆は、地形の利を利用してあらかじめ地形トラップを仕掛けることができる。

しかし、固有スキルは一度きりの技であり、使うタイミングをはかる必要があった。


つまり、ここに誘い込まれていたのは、宮迫さんではなく、むしろ自分の方ーー。

衝撃を堪え忍ぶしかなかった尚之は、綾花が穿つ必殺の連携技になすすべもなく体力を散らした。


『YOU WIN』


システム音声がそう告げるとともに、綾花の勝利が表示される。

一瞬の静寂の後、認識に追いついた生徒達の歓声が一気に爆発したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 先生方、これが保護者さんたちにバレたら、クレーム対応にものすごく追われて大変そうです(笑)子供らは楽しそうで良いのですが(笑)もう、こういったことに、現実サイドで対処する年齢になったのだな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ