第三十八章 根本的に阿南家が選ぶ道標⑥
今、阿南家と敵対すること。
それは魔術の知識を使う玄の父親も、他の魔術の本家の者達も望むところではないに違いない。
瀬生綾花と上岡進。
昂が用いた憑依の儀式によって、二人は心を融合させる結果になった。
後に玄の父親の魔術の知識を用いることによって、死を迎えた麻白は綾花の心に宿り、人格を結合させるに至る。
しかし、実質、それは生き返ったともいえなくともないが不完全な形ともいえた。
だからこそ、玄の父親は自身の望みを通そうと躍起になった。
綾花に麻白の心を宿らせただけではなく、麻白の記憶を施し、本来の麻白の人格を形成させる。
さらには綾花に麻白としての自覚を持たせようとしていた。
愛する娘の瞳の色は、玄の父親の心の中にだけ、ひときわ強く焼き付いた。
ずっとずっと、娘の傍に。
大切な娘に希う、切実な想い。
それは距離や、関係の話だけではなく、互いの想いのすれ違いも含めて。
それは、綾花に麻白としての自覚を持たせることによって成し遂げられる。
あの日の輝明の母親の憂慮も届かずーー。
玄の父親は今も頑なにそう信じていた。
「儂は、お嬢様にーー輝明様に、阿南家に忠誠を誓っております」
感情の篭った焔の祖父の声が屋敷に響き渡る。
「私はいつまでも、あなたにとってはお嬢様ですね」
「お嬢様、申し訳ございません。ですが、儂にとって、お嬢様は今も変わらず大切な娘のような存在なのです」
輝明の母親と焔の祖父との関係。
それは彼女が阿南家の家主になっても変わることはなかった。
「阿南家を守ることが儂の義務であり、信義であります。それは孫の焔とて同様です」
焔の祖父は断腸の思いで座する。
魔術の深遠の果てで、焔の祖父は何を見据えるのだろうか。
玄の父親の旧知の仲で、彼と同じ魔術に関わる家系の人間である輝明の母親は今宵、何を感じるのだろうか。
阿南家に仕える者達はただ、その光景を黙して見守っていた。
この場で何が起ころうとしているのか。
肝心の昂はどのタイミングで、この話し合いに姿を見せるのか。
誰しもが這い寄る魔術の気配に耳をそばだてていた。
その時、緊迫した静謐を壊すような鋭い声が響き渡る。
「相変わらず、辛気臭い話をしてやがるな」
「焔……!」
孫のーー焔の突飛な発言に、頭を下げていた焔の祖父は虚を突かれる。
「おおっ……。あの者はまさか……!」
そして、焔とともに訪れた奇抜な格好の存在に、阿南家に仕える者達はみんな、戦々恐々と見守った。
「我は我の力を誇示するのなのだーー!!」
ペンギンの着ぐるみを被った昂は自身の存在を強調するように、屋敷の外に向かって無造作に片手を伸ばす。
昂は阿南家の者達に対抗するだけではなく、圧倒するための力を放とうとする。
輝明の母親と焔の祖父が今後の行動について話し合っていたように、昂もまた、自らの力を誇示するために魔力を高めていたのだ。
それは昂の意地と執念が成した業だった。
「お嬢様、舞波昂の魔力が上がっています……!」
昂の魔力を見計らって、さすがの焔の祖父も感服する。
この場に集った者達は魔術の家系の者達だった。
それ故に、昂の魔力の大きさを認知する。
昂の思惑どおりに、阿南家の魔術の家系の者達の動揺は波及した。
「阿南家の屋敷の場に突如、来襲する。まさに我は魔術の本家の者達だけではなく、魔術の分家の者達さえも翻弄する偉大なる未来の支配者、そして綾花ちゃん達を颯爽と救う救世主ではないか!」
決めポーズを決める昂の物言いは相変わらず、尊大不遜な態度が際立っている。
「……舞波はどんな状況でも相変わらずだな」
「……ああ」
昂の熱意がこもった発意に、様子を窺っていた拓也と元樹は少なからず、驚異の念を抱いていた。
焔に聞いた場所にたどり着いた綾花達は、合流した輝明と焔によって阿南家の者達が集っている場所へと案内されたのだ。
「舞波の行動を読むのは、阿南家の人達でも厳しいだろうな」
元樹は戸惑いを振り払うように、阿南家の者達の動向に注視する。
「さあ、これからが本題だぜ!」
焔が語った理想、しかし阿南家の者達の中にはそれは必要ないと断じている者もいるはずだ。
だが、魔術の本家、黒峯家の屋敷に賓客として招かれたのに全てを台無しにした昂。
その人物が阿南家に来ると知れば、阿南家の者達は迷わず、昂に関する議題を進めるだろう。
そこに乱入すれば、阿南家の者達は元凶である昂へと着目する。
焔の目論見はそこにあった。
「相変わらず、大袈裟な事をしやがって。何が本題だよ……」
「むっ、決まっているではないか。我が生誕してからこれまでの好実績を語り尽くす必要があるからだ!」
焔の思惑どおり、焔に対して不満を漏らす者もいた。
だが、自身に言われたと勘違いした昂は傲岸不遜な態度で率直な意見を述べる。
「好実績……本当にそうなのか?」
拓也が抱いた疑問に応えるように、元樹は推測を確信に変えた。
「いや、舞波のことだから、出任せを言っている可能性が高いな」
確信を込めて静かに告げられた元樹の問いは、阿南家の者達へと向けられる。
「な、何なんだ……こいつは?」
先程、焔に対して不満を漏らしていた者は想像の斜め上をいく昂の答えに驚愕していた。




