第三十五章 根本的に阿南家が選ぶ道標③
恐らく、魔術の分家である阿南家は今回の騒動の火種となった昂の事を知りたいのだろう。
黒峯家の者達の手回しによって、議題の賓客ーー昂の欠席による会合の中止が告知されている。
その影響により、黒峯家の会合に招かれた魔術の本家の者達は肝心の議題の内容を熟知することもなく本家へと帰還させられた。
主催者である文哉は賓客でありながら奇襲を仕掛けてきた昂達の対処に回った結果、今も屋敷で後始末に追われている。
なおかつ、魔術の本家の者達である玄の父親と陽向を撤退に追い込み、そして由良家と神無月家の代表者である文月と夕薙を相手取っても怯まなかった不屈不撓の昂達。
今回の事変をきっかけに、昂は魔術の本家の者達から様々な観点から注目を集めていた。
「それに阿南家の人達は魔術の影響を受け付けないからな。綾を完全に麻白にする魔術にも対抗できるかもしれない」
「そうだな」
明確に表情を波立たせた元樹に、拓也は改めて輝明と焔に目を向ける。
目下、一番重要になるのは綾花達を護ることだ。
以前は陽向くんの魔術によって、綾花は完全に麻白にされてしまいそうな状況まで追い込まれてしまった。
その魔術は綾花達自身の意思ではね除けることは出来た。
しかし再び、その魔術を使ってこないという確証はない。
綾花はーーそして上岡は、いつだって自分の運命に翻弄されながらも他人のことばかり考えている。
それはどこまでも危うく、とてつもなく優しいーー。
綾花と上岡と雅山、そして麻白。
近くて遠い、背中合わせの四人。
誰よりも近いのに、お互いが自分自身のため、触れ合うこともできなければ、言葉を交わすことも許されない。
だけどーー。
会えなくても、言葉を交わせなくても、四人は繋がっている。
心を通してなら、想いを伝えられるし、悲しみや苦しみも半分こにすることができる。
手を伸ばせなくても、お互いがお互いの涙を拭えると信じているのだろう。
しかし、あの時の綾花は、四人分生きているという自覚より、麻白として生きているという自覚の方が強くなっていた。
麻白に戻ってきてほしいーー。
綾花が再び、あの状況に追い込まれたら、黒峯蓮馬さん達の要求に応えてしまうかもしれない。
そうなれば、綾花を護るどころではなくなるだろう。
だからこそ、輝明さんと焔さんの協力が必要不可欠になる。
思考の渦に沈んでいた最中ーー。
「綾、ちょっといいか?」
「なっ……?」
拓也はいつの間にか元樹が綾花のもとにいることに気づく。
元樹は綾花の肩に手を置き、まるでごく当然のことのようにこう続ける。
「右手を出してくれないか?」
「右手?」
綾花が不思議そうに右手を差し出す。
すると柔らかではあっても有無を言わせない手つきで、元樹は綾花の手を取るとその甲に口づけをした。
「ううっ……」
「なっ!?」
「おのれ~! 我を差し置いて、綾花ちゃんに口づけをしてのけるとは不届き千万な輩だ!」
その突拍子のない行動に、綾花が輪をかけて動揺し、拓也と昂は目を見張る。
だが、元樹は平然とした態度で綾花にこう続けた。
「あのさ、綾。これからも陽向くん達が綾を麻白に変えようとしてくるというのなら、俺達は綾の負担を少しでも減らしたい。だから、これはその証だ」
「おい、元樹!」
「拓也。綾と上岡と麻白で陽向くん達の魔術に対抗していくのは難しいかもしれないが、俺達で綾の負担を少しでも受け持てば、不可能も可能にできるだろう」
苛立たしそうに叫んだ拓也に、元樹は確固たる想いを示した。
綾花は恥ずかしそうに赤らんだ頬にそっと指先を寄せる。
そんな彼女の動向に拍車をかけるように、意を決した昂は率直な行動を呈してきた。
「我も負けないのだ! 綾花ちゃん、大好きだ!」
「ふわっ、ちょ、ちょっと、舞波くん」
昂は思いの丈をぶつけると綾花に抱きついてきた。
「おい、舞波! どさくさに紛れて、綾花に抱きつくな!」
「おまえ、勝手なことばかりするなよな!」
「否、我なりのやり方だ! そして、我は綾花ちゃんから離れぬ!」
ぎこちない態度で拓也と元樹と昂を見つめる綾花を尻目に、拓也と元樹は綾花から昂を引き離そうと必死になる。
だが、強固な意思を示す昂は綾花にしがみついて離れようとしない。
「ううっ……」
昂に抱きつかれた状態の綾花は身動きが全く取れず、窮地に立たされた気分で息を詰めている。
戸惑いの色を滲ませる綾花の頭を、拓也はため息を吐きながらもいつものように優しく撫でてやった。
「……そうだな。俺達は綾花の負担を少しでもなくしてみせる」
「何か困ったことがあったら、すぐに俺達が助けるからさ」
「……うん。ありがとう、たっくん、元樹くん」
拓也と元樹の力強い言葉に、綾花は泣きそうに顔を歪めて力なく項垂れる。
「ただーー」
「ただ?」
きょとんとする綾花に対して、拓也は搾り出すように言葉を発した。
「これからも俺の側にずっといてほしいんだ」
一言、噛み締めるように呟いて、拓也は綾花の頬に口付けした。
寂しさを重ね合わせるように、拓也はそっと綾花の手を握る。
それは自分の心境を直視し、相手の心情を察するための、拓也なりのささやかな試みだった。
「絆か」
「……ったく、退屈だぜ」
その光景を目の当たりにした輝明は大切なチームメイト達の姿を思い起こす。
だが、歯牙にもかけない焔は投げやりに呟いたのだった。




