第三十三章 根本的に阿南家が選ぶ道標①
玄の父親が使える魔術の知識。
それは、昂達が使っている魔術とは根本的に異なる。
昂達が使っている魔術は、昂達の魔力、または昂達が産み出した魔術道具を使うことによって事象を変革するものだ。
だが、魔術の知識は、世界の記憶の概念の一部を書き換えて、事象そのものを上書きしたりすることができる。
陽向が掲げる魔導書、『アルバテル』。
玄の父親に自身の願いを口にしたその瞬間、陽向は魔術を使えるようになった。
玄の父親の魔術の知識によって、自身の魂を魔術書に媒介することで一時的に顕在化することができた陽向は、自らが魔術を使えるようになったことをすぐに理解した。
本来の肉体はそのままに、自身の魂が宿った魔術書によって顕在する存在。
そして、魔術書に記載された魔術を行使することができる存在。
魔導書、『アルバテル』ーー。
陽向は、その不可解な存在になった自身をそう名付けていた。
その膨大な魔力は本来、魔術を使える者ーー昂にも引けを取らない強力なものだった。
そして、焔が仕える輝明は、さらにその上を行く存在になるはずだ――。
焔は主君である輝明がチームリーダーを務める『クライン・ラビリンス』が挑む『エキシビションマッチ戦』へと意識を戻す。
「全てを覆すんだろう? なら、輝明、俺にーー世界にその全てを見せてみろよ。てめえはなんせ、俺が唯一、認めた主君、『アポカリウスの王』なんだからよ」
焔は不敵に笑う。
自身が掲げた理想を成すその日を夢見てーー。
主従関係を結んでいる二人が交わした誓い。
「輝明さんと焔さんって、なんていうか……」
「……うん。深い絆に結ばれているんだね」
瞠目する拓也の言葉を繋ぐように、綾花は確かな事実を口にする。
夕陽の光に輝く綾花の横顔はまるで太陽のような喜びに満ちていた。
「それにしても『エキシビションマッチ戦』か。対戦相手のプロゲーマーに魔術の本家、由良文月さんと神無月夕薙さんがいる時点で、もうただのゲームの対戦ではないよな」
「そうだな」
元樹の決然とした意思に、拓也は真剣な眼差しで応える。
『エキシビションマッチ戦』。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会の個人戦の優勝者、準優勝者、チーム戦の優勝チーム、準優勝チームが挑戦できる大会だ。
『エキシビションマッチ戦』のルールは、公式トーナメント大会の時とさほど変わらない。
個人戦、チーム戦と分かれており、個人戦の優勝者、準優勝者は『エキシビションマッチ戦』の個人戦への挑戦、チーム戦の優勝チーム、準優勝チームは『エキシビションマッチ戦』のチーム戦へと挑戦することになる。
そして、明示されているレギュレーションも一本先取で、最後まで残っていた者が勝利することも同じだった。
だが、『エキシビションマッチ戦』は通常の公式トーナメント大会とは違う決定的な対戦方式がある。
それはチーム戦でも、一対一で戦う団体戦の方式を取り入れていることだ。
プロゲーマー達全員を倒せば、そのチームが勝利し、『エキシビションマッチ戦』を制覇することができる。
だが、負ければ、『エキシビションマッチ戦』への挑戦はそこで終わることになる。
夕闇の空を背景に、元樹はまっすぐ前を見据えた。
「上岡が度々憑依している雅山もまた、魔術のことを知る者の一人だ。舞波が居候した霜月ありささんの家族といい、他にも魔術に関わった者達はいる」
「魔術の本家の人達が『エキシビションマッチ戦』の時にどう動いていくのか気になるな。プロゲーマー、実況、スタッフ、観客などを含めて、全てが要注意人物なんだな」
「ああ」
拓也の懸念材料に、元樹は神妙な面持ちで同意する。
魔術に無関係を装いながらも、作為的な嘘で錯落たる幻想を紡ぐ。
今回、黒峯家の屋敷で遭遇した者達はそのような鳴りを潜めていた。
ありふれた日常が非日常に変わる。
その境界線となったのは魔術という存在ーー。
昂は魔術を使って、綾花に進を憑依させただけでは留まらず、『分魂の儀式』を用いてあかりに度々、進の心の一部を憑依させて生き返させるという離れ業をやってのけた。
そして、玄の父親達が行った麻白の心と記憶を綾花に宿らせるという神変。
最早、綾花達にとって、魔術とは身近なものになっていた。
魔術は存在しない。
そう一笑に付せないだけの経験を、拓也達は今も現在進行形でしている。
「とにかく、これからも俺達が出来ることをしていくしかないか」
「……そうだな」
先を見据えた元樹の決意に、拓也は躊躇いながらも同意する。
穏やかな日常を過ごしている綾花達に万が一の事が起こらないように、拓也達は拓也達なりの行動を遂行していくしかない。
阿南家の屋敷への招待と表した阿南家の家主の息子とその従者への協力を請う場への出席。
そして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の『エキシビションマッチ戦』ーー。
激しい魔術戦の山場を乗り越えても、綾花達をーー麻白を守るという拓也達の戦いは続いている。
絶対に綾花達は守ってみせる。
止めどない拓也の想いのスパイラルは終わることはなかった。




