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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
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第三十一章 根本的にその空白を埋めるもの

昼休みになる早々、クラスメイトの少女が明るい笑顔で、綾花に声をかけてきた。

「宮迫さん、お昼、どうするの?もしよかったら、学食、行かない?」

「お、俺はいいよ」

気圧される綾花を尻目に、興奮冷めやらぬ少女を押しのけるようにして、後ろにいた男子生徒達がいっせいに話しかけてくる。

「なあ、宮迫。このゲームアプリ、これでいいのか?」

「ああ。そこはこうしてだなーー」

「宮迫、隣のクラスの奴が呼んでいたぞ」

「うん?隣のクラスって、もしかして井上か?」

昼休みになると同時に、拓也が綾花の様子を見にやってきた時、綾花はクラスメイト達から質問を浴びている最中だった。

いつの間にか、クラスメイトのほぼ全員が綾花に注目していた。

それは進の時とさほど差はなく、綾花の机の周りは談笑する生徒達で溢れ返っている。

「なら、教室で一緒に食べようよ」

「あ、ああ」

押しのけられたはずのクラスメイトの少女が再び、顔を出して、ぽん、と手を打って嬉々とした表情で話すのを見て、綾花は困ったように苦笑する。

「あや…‥…‥宮迫、ちょっといいか?」

「ああ」

拓也が手招きして呼びかけると、席を立った綾花は慌てて拓也のもとへと駆けていく。

今朝のこともあって、拓也は少し気まずさを感じていたが、綾花に気まずさは感じられない。普通の接し方だった。

警戒するように辺りを見渡すと、拓也は怪訝そうに綾花に尋ねた。

「舞波はいないのか?」

「昂なら、昼休みになった途端、用があるからってどっかに行ったけど」

「不吉だな」

後ろ手に組んだまま、率直に告げられた、思いもよらない綾花の言葉に、拓也は緊張で顔を引き締めた。

拓也の脳裏に、あらゆる、不測の事態が駆け巡る。

舞波のことだ。

綾花に上岡としてーー宮迫琴音として振る舞わせただけでは飽き足らず、さらにろくでもないことを考えているに違いない。

悶々と苦悩していると、そんな不安さえ拓也の頭をもたげてくる。

舞波はいたらいたらで困るのだが、姿を現わさないとさすがに嫌な予感しかしない。

「すまぬ、琴音ちゃん~!」

また良からぬことを考えているのではないか、と思案に暮れる拓也の耳に勘の障る声が遠くから聞こえてきた。

突如、聞こえてきたその声に苦虫を噛み潰したような顔をして、拓也は声がした方向を振り向く。

案の定、綾花めがけて廊下を走ってくる昂の姿があった。

躊躇なく思いきり綾花に抱きつこうとしていた昂に、拓也は綾花を守るようにして昂の前に立ち塞がった。

抱きつくのを阻止されて、昂は一瞬、顔を歪ませる。

だがすぐに、昂はそれらのことを全く気にせずに話をひたすら捲し立てまくった。

「少々、準備に手間取ってしまってな」

淡々と事実を告げる昂に、拓也は警戒心をあらわにして訊いた。

「何を企んでいる?」

「貴様に答える必要はない」

訝しげな拓也の問いかけにも、昂はなんでもないことのようにさらりと答えてみせた。

「そんなことより、今日は課外授業がある日だったな?琴音ちゃん、我がセッティングした特別授業、楽しみにしていてほしい!」

意気揚々と昂が意気込みを語ってみせると、拓也は軽く肩をすくめてきっぱりと言った。

「勝手に決めるな!」

「勝手ではない。すでにこれは、我によって定められた確定事項だ」

慣れた小言を聞き流す体で、昂は拓也に人差し指を突きつけると勝ち誇ったように言い切った。

「それに、いまや琴音ちゃんは我のクラスメイトーー否、我の彼女なのだからな」

「おい」

昂は腰に手を当てて、得意げに胸を反り返らせる。

強ばった表情で抗議の視線を送る拓也に対して、不意に昂はあることに気づき、訝しげに周囲を見渡し始めた。

「そういえば、貴様とともに我を邪魔してくる、あの布施元樹という不届き千万な輩はどうしたのだ?」

「元樹なら、今度、行われる陸上部の記録会の件で呼ばれていて、今はいない」

「なるほど」

得心したように頷きながら、昂は言った。

「我に恐れをなして、潔く身を引いたというわけだな」

得意絶頂で自分の妄想を語り続ける昂のその様子を、拓也は唖然とした表情のまま、じっと見つめていた。

ここにいないと聞いただけで、身を引いたと結論づける昂のズレた思考回路に拓也は辟易してしまう。

「そんなわけないだろう」

突然の展開についていけず、拓也はなんとも言い難い渋い顔をした。

だがすぐに、昂はふと気づいたように意味深な表情を浮かべると非難じみた眼差しを向けてくる拓也を見遣る。

「そういえば、今日は何故、我が綾花ちゃんについて独り語り尽くしていると、綾花ちゃんの友達はいつもより警戒心あらわで不機嫌極まりない態度なのだ?」

そのもっともな昂の疑問に、拓也は気まずそうにむっ、と唸る。

舞波がこれ以上、綾花に対して問題を起こさないようにと、星原達に協力してもらって交互に見張っているのだが、早くも勘のいい舞波には気づかれてしまったようだ。

「まあ、我にはどうでもよい。琴音ちゃん、次の授業も楽しく受けようではないか!」

「…‥…‥ま、待て、まだ話は終わっていない!」

「おい、昂!」

昂はそう言い放つと、拓也と綾花の返事も待たずにとっとと自分の席へと歩き始めた。

「むっ、そうだった。琴音ちゃん」

しかし、ふと何かを思い出したように振り返った昂は、表情を消して綾花を見る。

「…‥…‥なんだ?」

昂らしからぬ真面目な雰囲気に虚を突かれ、綾花はぱちくりと目を瞬かせる。

「我は琴音ちゃんの勝利を信じている。琴音ちゃんの強さは別格だからな」

ぽつりぽつりと続けられた言葉は、またしても綾花達の理解を超えていた。

似たような台詞をどこかで聞いたような気がして、ふと元樹の兄、尚之との再戦前に昂が口にした言葉なのだと綾花は思い至る。

一体、何を企んでいる。

拓也がそう考え込んでいる間に、昼休み終了のチャイムはいつの間にか鳴り響いていた。






昼休みの昂の台詞はどういう意味なのか。

綾花がいくら訊いても、昂は一切反応しなかった。

同じく、自分の教室に戻り、元樹達と話し合った拓也も答えは出なかった。

とにかく、相手の出方を見るよりほかにない。

そういう結論に至った課外授業。

校内放送で同じく体育館に呼ばれた一人の男子生徒と周囲を見てーー綾花は、昂が最後に口にした言葉の意味を理解した。

体育館の壇上には、見慣れたゲーム機が置かれており、その背後には巨大なモニター画面が設置されている。

体育館のスピーカーからは、聞き覚えのあるゲームのオープニングジングルが鳴り響いていた。

「琴音ちゃん、我なりにあの時のーーオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の再々戦の舞台を演出してみたぞ!」

「昂!」

「なっ!」

体育館のマイクを通して語りかけられる昂の言葉に、綾花と男子生徒ーー元樹の兄、尚之は目を丸くして驚きの表情を浮かべた。

昂に校内放送で呼ばれた綾花を心配して、体育館へとやってきた拓也は何となく状況に察しがついて頭を抱える。

「…‥…‥どういうつもりだ?」

押し殺すような拓也の声に、昂は軽く肩をすくめてみせた。

「どういうつもりもなにも、琴音ちゃんに再々戦の機会を与えたまでだ。課外授業なら、クラブの一環として行うことができるからな」

昂はそう言って、不適に笑う。

拓也と同じく校内放送を聞いて慌ててやってきた元樹とともに、体育館に入ってきた一人の男性教師が昂の肩をぽんと叩く。

「むっ?」

「…‥…‥舞波、これはどういうことだ?」

「…‥…‥そ、それは」

怪訝そうに振り返った途端、にべもなくそう言い捨てる自分の担任教師ーー1年C組の担任に対して、昂は思わず恐れをなした。

「…‥…‥う、うむっ。これも、課外授業の一環でな」

「そんな課外授業は認めーー」

不本意だと言わんばかりの昂の訴えを、1年C組の担任が一喝して黙らせようとする前に、

「否、認めならぬ現状だ!」

と断言して、昂は視線を周囲に飛ばす。

1年C組の担任が昂の視線を追うと、体育館に集まった少なくはない生徒達がみなこちらを見て話をしていた。

「おっ?あの舞波の放送、嘘じゃなかったみたいだな」

「きゃあ~、布施先輩のゲームの対戦が生で観れるんだ」

「布施先輩、付き合い始めた人がいるって、本当なのかな~」

「応援しているぞ、宮迫」

楽しそうな生徒達を見て、1年C組の担任はすでに引けるような状況にないことを痛感する。

「相変わらず、強引なやり方だな」

「我なりのやり方だ」

呆れた大胆さに嘆息する元樹に、昂は大げさに肩をすくめてみせた。

「僕は別に構わない」

周囲の反応に、尚之はふっと息を抜くような笑みを浮かべる。

「宮迫さんとのバトルは、何度やっても面白いからな」

「俺も構わない」

尚之の言葉に、綾花も拍子抜けするほど、あっさりとそう答えてみせた。

呑気な課外授業から一転、張りつめたような静寂に空間が支配される。

「何を企んでいる?」

「絶対に、何か企んでいるだろう」

緊迫した空気の中、拓也が牽制するように昂を睨むと、元樹もまた鋭く切り出す。

一触即発の状態にも、昂は動じなかった。

「何も企んでおらん。何もな」

その切り捨てるような鋭い言葉を前にしても、昂は不適に肩をすくめてみせるだけだった。

しかし、昂はまっすぐに綾花を見つめると、にんまりとほくそ笑む。

「これで、琴音ちゃんーー否、綾花ちゃんは我を見直し、惚れ直すはずだ」

昂がぽつりとつぶやいた独り言は、誰の耳にも届くことはなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もともと惚れていないので、惚れ直すという言葉は不適当なのかもしれませんが、昴の耳に届くことはないのでしょう(笑)先生たちすらも凌駕する行動力はさすがですね。カリキュラムもあるのだから、勉強…
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