第ニ十五章 根本的に魔術の本家の妄執①
井上拓也くん、布施元樹くん。
彼らには舞波昂くんが極大魔術を使えないかもしれないという懸念はないようだ。
魔術の家系ではない舞波昂くんが魔術を使える理由。
やはり、その答えはこの世界の理を解く鍵になるようだ。
驚愕に満ちた拓也と元樹の反応を見て、文哉は自分の考えが正しかったことを確信する。
魔術の家系が紡いだ、延々と続く危うい安寧を取るべきか。
もしくは綱渡りの如き、刹那の決意を取るべきか。
決められる強さは文哉にも他の魔術の家系の者達にもなく、胡乱な恐怖の中で今日という日は流れ続ける。
だが、昂が極大魔術を使えるのか、否か、その事実を知れば、魔術の家系の者達の行く末もいずれ判明するだろう。
黒峯家の会合は中止になったが、大いに収穫はあった。
昂の魔力の高さ。
阿南家の者が持つ力。
そして、魔術の本家の者達でも容易に行使することができない極大魔術を黒峯蓮馬達が用いていたこと。
今はまだ、舞波昂くん達との戦いが真実を隠している。
けれど、時が経てば、真相はいずれ暴れることもまた道理。
「黒峯蓮馬がこれからどう動いていくのか、興味深い」
文哉が呟くその声音は、誰にも聞こえぬように魔術を伴う歌声となった。
それは彼にとって、一つの決意の表れであった。
魔術書を消滅させるような代物である『時を止める極大魔術』を行使した。
この事象が本来、起こり得なかった可能性を宿す泡沫であろうとも、それは事実として存在している。
娘を救える可能性があるのならば救ってみせるという玄の父親の意思は実を結び、想いの形として現出していた。
それが己の覚悟であると示すが如く、陽向の魔力と玄の父親の強い願い、そして焔の協力を得たことで成し遂げられた。
魔術と魔術の知識を用いて成し遂げられた確固たる証明だった。
「僕達は、麻白を取り戻すことを諦めないよ」
「陽向!」
綾花に対して発せられた陽向の矜持と決意。
陽向は改めて、意気込んでいる昂に催促した。
「ねえ、昂くん。次こそは君の魔術書は全て、僕がもらうからね。もっとも今、もらえると嬉しいな」
「我の魔術書を誰にも渡すはずがなかろう!」
陽向の申し出に、昂が拳を突き上げながら地団駄を踏んで喚き散らす。
「我は如何なる時も魔術書を自由自在に読み明かし、なおかつ魔術書を守りたいのだ。その上で、黒峯蓮馬達と黒峯陽向を返り討ちにしてくれよう。そして、綾花ちゃんを護ってみせるのだ!!」
「……あのな。無茶苦茶なことを言うなよ」
無謀無策、向こう見ずなことを次々と挙げていく率直極まりない昂の型破りな思考回路に、元樹は抗議の視線を送る。
昂が絶対的な勝利を確信し、断言するーーその姿を視界に収めた陽向は身も蓋も無く切り出した。
「でも、昂くん。今回、僕達を返り討ちするのは無理じゃないかな。僕はもうすぐ消えるし、叔父さん達もこの場から去るから」
「そんなことはどうでもいい! 今すぐ、我の魔術書を置いて、我の渾身の一撃を受けるのだーー!!」
撤退姿勢を取る陽向を前にして、昂は臨戦態勢を展開すると言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。
陽向はそれを無視すると、拓也の背後にいる綾花に対して宣告する。
「麻白、また、会いに来るね。僕達は、麻白が麻白として生きることを拒んでも諦めないよ」
「陽向……」
慈悲深く、そして偽りなく囁かれる確固たる意思。
陽向の意味深な発言に、綾花は声に躊躇いを滲ませる。
そのまま、魔術を使おうと手を掲げたところで、陽向はふと思い出したように振り返った。
そこには玄の父親のもとに駆け寄った美里の姿があった。
「ねえ、美里さん。叔父さん達も一緒に、魔術で運んでもいいかな?」
「はい。陽向くん、お願いします」
手を掲げた陽向の確認に、美里は丁重に一礼する。
「輝明くん、焔くん。今度は輝明くん達と戦ってみたいな」
陽向は魔術本家の者達が注目している輝明と焔の魔術を垣間見ることを望んでいる。
だからこそ、好敵手である昂だけではなく、輝明達に興味を示す事も当然の帰結だった。
「我は納得いかぬ! 黒峯蓮馬と黒峯陽向、貴様らは我との戦いが既定済みなのだ!」
昂は大言壮語に不服そうに声を荒らげた。
だが、昂の叫びをよそに、陽向は玄の父親達のもとに移動するとそのままその場から姿を消していった。
「我は意地でも黒峯陽向を追いかけて再戦するのだーー!! そして、綾花ちゃんも、我の魔術書も渡さないのだーー!!」
「……相変わらず騒がしい方ですね」
夕薙は魔術の焔を行使して、魔力を滾らせる昂へ叩きつけようとする。
それは一つだけ放たれていれば、昂を打ち倒すものだっただろう。
だが、魔術を使いこなせるのは昂だけではない。
「まあ、そうくるよな!」
元樹は既に動いていた。




