第ニ十四章 根本的に灰塵に帰す⑧
「叔父さん」
「陽向くん、大丈夫だ」
そう応えながらも、玄の父親は次の手を決めかねていた。
昂の魔術という特異性だけではなく、魔術道具を巧みに使いこなしてくる元樹の手腕も侮ることはできないと感じていた。
「どうやら、不意討ちは成功したみたいだな」
「当然だ。偉大なる我が行ったことだからな」
先を見据えた元樹の言葉に、昂は苛立しげに答える。
元樹と昂。
陽向と玄の父親。
睨み合う四人の視線が不可視の火花を散らす。
先に動いたのは元樹と昂だった。
昂が魔術を放つための距離を取り、元樹は地面を蹴って、玄の父親との距離を詰める。
「今度は二人、同時にか?」
玄の父親はどちらを迎撃するか、判断を迫られる。
逡巡を巡らせ、ここは元樹に対処するべきだと玄の父親は判断した。
受けに回るのは得策ではない。
「これなら、どうだ!」
「くっ……!」
玄の父親より速く、元樹は攻撃態勢に入り、蹴りを振りかぶる。
それでも、玄の父親は魔術の知識を用いて、元樹の攻撃から身を護った。
元樹も怯まずに、蹴りと拳打のコンビネーションで攻め続けるが、玄の父親はそれすらも防いでしまう。
「ならば、黒峯蓮馬、我の魔術を喰らうべきだ!!」
そのタイミングで、昂は迷いなく、玄の父親に向かって魔術を放つ。
以前、陽向や玄の父親に放った魔術と同じように、玄の父親にだけ攻撃が及ぶように射程を絞っている。
そして、強力な魔術を放てるようにと、威力を一点に集めていた。
「おのれ~、黒峯蓮馬め!」
魔術を放った昂が地団駄を踏みながら、わめき散らしていた。
誰が見ても完璧な不意討ちを前にして、玄の父親が後退しながらも、魔術の知識の防壁を駆使して防いだからだ。
元樹と昂の連携攻撃。
だが、そこまでしても、玄の父親の魔術の知識による防壁を破ることには悪戦苦闘していた。
「もう随分、疲弊しているはずなのに、動きが鈍らないな。ならーー」
元樹は玄の父親の隙を作るために床を蹴り、接近する。
「元樹くん、止まーー」
迷いなく突っ込んできた元樹に合わせ、前に出た陽向が魔術を使おうとする。
陽向の行動を確認すると同時に、元樹は陸上部で培った運動神経を用いて急制動をかけた。
「えっ?」
「舞波!」
「むっ、分かっているのだ!」
魔術をかけられる前に、敢えて止まってみせる。
予想外の行動を前にして戸惑う陽向とは裏腹に、元樹は冷静に昂へと視線を向ける。
「黒峯陽向、今こそ、我の魔術を食らうべきだ!」
元樹の言葉に応えるように、昂は裂帛の気合いを込めて魔術を放った。
意表をついた昂の魔術。
だが、それは口にした陽向ではなく、玄の父親へと向かっていく。
「昂くん、残念だが同じ手は食わない」
玄の父親は魔術の知識を用いて、昂の魔術から身を護る防壁を生み出すと、即座に陽向に目配せした。
「陽向くん」
「うん。叔父さん、任せて!」
「……むっ!」
陽向は申し合わせたように、昂が放った魔術を相殺する。
「何故、我の魔術がこうもあっさりと相殺されるのだ! おのれ~。かくなる上は、我の全力の魔術を放つべきーー」
「あのな……。だから、こんな場所でそんな魔術を使ったら、屋敷が崩壊するだろう!」
居丈高な態度で再び、同じ過ちを繰り返そうとしていた昂を引き留めると、元樹は呆れたように眉根を寄せる。
陽向は人差し指を唇に当てると、人懐っこそうな笑みを浮かべてこう助言した。
「ねえ、昂くん。ここで大きな魔術は使えないと思うよ」
「かもな」
その言葉が合図だったように、元樹は魔術道具を使って、一瞬で陽向のもとまで移動する。
そして、陽向の体勢を崩すために足払いをした。
「うわっ……!」
静と動。
本命とフェイント。
元樹は移動に魔術道具を用いて、陽向の意表を突くと、緩急をつけながら時間差攻撃に徹する。
攻撃手段が魔術でないため、跳ね返すことが出来ない陽向は次第に翻弄されてしまう。
「元樹くんはやっぱり、すごいね」
間一髪で難を逃れた陽向は、巧妙な元樹の攻撃方法に感嘆の吐息を漏らす。
「黒峯陽向! 今から思う存分、我の魔術の凄さを知らしめてやるのだ!」
昂の意気込みを察すると同時に、陽向は残念そうに首を振った。
「うーん、昂くん。残念だけど、それは叶わないかな……」
「むっ! 貴様、どういうことなのだ!!」
陽向の突然の否定の言葉に、昂は警戒するように両手を前に突き出す。
「僕は今回、時間制限がある。だから、僕はそろそろこの場には顕在して居られなくなる」
「我は納得いかぬ! 貴様、またしても勝ち逃げするつもりなのか!」
「僕も納得できないけれど、とりあえず今回も昂くんの勝ちでもいいよ」
捲し立てる昂の言葉を遮り、陽向は説明を続ける。
「それにしてもまさか、魔術の本家の人達の力が垣間見られるなんて思わなかったな」
昂の意気がる様子を眺めながら、陽向は深く大きなため息をついた。
「輝明くんの真価をもっと見極めたかったけれど、その時間もないかな……」
徐々に薄れていく自身の姿を確認した陽向は意気消沈する。
「焔くんも、今回ばかりは力を貸してくれなさそうだからね」
陽向は牢乎たる志を持って告げた。
「昂くんがもし極大魔術を使えるようになったら、極大魔術同士の撃ち合いも実現するかもしれないね」
陽向が口にした仮定ーーそれは名状しがたい惨状の呼び水になりかねない。
「……舞波がそんな危険な魔術を行使したら、大変な事になりそうだな」
「ああ、大惨事になりそうだな」
陽向が口にした思わぬ直言に、拓也と元樹は戦々恐々とした。




