第ニ十ニ章 根本的に灰塵に帰す⑥
「文哉達に阿南家の者達の力を知られたのは厄介だな……」
隠しようのない動揺を抑えるように、玄の父親は短く息を吐いた。
これで魔術の分家である阿南家は、魔術の本家の者達に着目されることになる。
玄の父親と同じように、阿南家の者達の力を借りようとする輩が現れるかもしれない。
「極大魔術は魔術の本家の人達も容易に行使することは叶わないのか……?」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示す玄の父親の姿があった。
その玄の父親の反応が先程の文哉の言動を裏付けていた。
重い沈黙。戦慄にも近い。
だが、すぐに状況を理解し、元樹は手筈どおりに動き始めようとする。
「黒峯蓮馬さんの目的は、あくまでも綾を完全に麻白にすることができる魔術を行使することだ。だけど、今の綾は上岡だ。それに輝明さんの加護がある。綾の心を弱くされても対処できるかもしれない。だけどーー」
元樹はその後に続く言葉を口にすることを躊躇う。
だが、それでも形にする。
「もしあの時のような、時を止める極大魔術を陽向くん達に使われたら成す術がないかもしれないな」
元樹はあの時、陽向達が使っていた極大魔術を警戒する。
綾花を完全に麻白にすることができる魔術。
その魔術の効果を、元樹は前に起きた現象で否応なしに目の当たりした。
前回、麻白の心が強くなった際に対処できたのは、綾花が進に変わることが出来たためだ。
それに今回は輝明の力の加護もある。
そして、何より昂が先程、魔術を封じる手段を見出だしたという虚言を口にしたことで、玄の父親達はその魔術を使うことを躊躇していた。
だが、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦。
そこで陽向達が行使した、時を止めるという極大魔術。
もしその極大魔術がこの場で行使されたら、元樹達を取り巻く状況は悪化していたはずだ。
しかし、魔術の知識という特異な力の持ち主である玄の父親であっても、極大魔術を使うためには阿南家の者達の助力を必要としている。
だからこそ、玄の父親は執拗に輝明達を自身の味方に引き込もうとしているのだろう。
渦巻く陰謀と魔術が取り巻く異常性。
元樹達が知らない間にも、それは世界の裏側で蠢いている。
「陽向くん達が以前、使った時を止める極大魔術は、魔術書を消滅させるような代物だったはずだよな」
状況がいまいち呑み込めず、拓也は苦々しい顔で眉を顰める。
綾花達が新たに知った魔術の本家の存在。
そして、時を止めるという魔術書を消滅させるほどの極大魔術は魔術の本家の者達ですら容易に扱える代物ではないという事実。
本来ならオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦の後で、力を借りるはずだった輝明という存在。
綾花達が地下駐車場に向かう途中で輝明に巡り合ったのは運命の巡り合わせだったのかーー。
陽向達がオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦で時を止めたことを発端に、綾花達の周辺で魔術に関わる情勢が大きく動いている。
時間を止める魔術という神業を起こしてきた玄の父親達。
あの時、焔の力で時間制限のなかった陽向。
綾花達がいまだに周知することができない謎の数々は今も彼女達の心を燻り続けていた。
「井上……」
拓也が滑らせる視線の果てには綾花が不安を滲ませている。
「元樹。確か『時間を停止させる魔術』は、世界の概念を壊す危険性を帯びている代物だったはずだよな。魔術の本家の人達が容易に扱うことができない魔術を用いてまで、黒峯蓮馬さんは綾花をーー麻白にしようとしているのか」
「魔術の知識が使える黒峯蓮馬さんだったからこそ、極大魔術を使うという算段を講じることができたのかもしれないな」
状況は思っていたよりも複雑で混線しているのだと拓也と元樹は頭を抱えた。
そして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦で起きた出来事を呼び起こす。
あの時、あの瞬間。
時間が止まった状況の中で、拓也達は身体を張って綾花を玄の父親達の手から護った。
「『時間を停止する魔術』。この力がいつでも使えたら、いつ如何なる時も俺達から綾を奪えたはずだ。だけど、今まで黒峯蓮馬さん達、そして陽向くんはそれを行わなかった。つまり、出来ない理由があったからだ。その答えの一つが魔術の本家の人達が容易に扱うことができない魔術だったからだろうな」
「それを知ったからと言って、何になる」
「知っているからこそ、聞けることがあります」
元樹が示した着眼点に、玄の父親は訝しげに首を傾げてみせる。
「黒峯蓮馬さんの魔術の知識は、舞波や陽向くんの魔術と同じように万能ではない」
一笑に付すべき言葉。
強がりにすぎない台詞。
そのとおりに笑みを浮かべた玄の父親は、次の瞬間、表情を曇らせた。




