第ニ十一章 根本的に灰塵に帰す⑤
「ああ、輝明さんは俺達の仲間だ」
そんな綾花の後押しを受けて、拓也もまた、玄の父親の行く手を阻む。
「輝明くん、焔くん。君達はどうしても私達に協力はしてくれないのかな?」
玄の父親の疑問は、輝明からすれば愚問だった。
「どうして協力すると思った?」
「……そうか、残念だ」
畳みかけた輝明の直言に、玄の父親はそれ以上の追求を止める。
玄の父親は文月達と互角以上に渡り合う輝明と焔の魔術に尊敬と畏怖の念を抱いていた。
それは傍で昂達と戦っている玄の父親達をも驚愕させるほどの強大無比な魔力だったから。
現に輝明と焔が行使する魔術は、魔術の本家の者達にとっても目を見張るものがある。
玄の父親としても出来ることなら敵対したくはなかった。
「なら、この話は終わりだ。陽向くん、そろそろ幕引きとしよう」
玄の父親は陽向を一瞥し、表情の端々に自信に満ちた笑みを迸らせた。
その姿が目の当たりにした元樹は思考を加速させる。
「黒峯蓮馬さんの目的は、綾を完全に麻白にすることができる魔術を行使することだ。だけど、今の綾は上岡だ。それに輝明さんの加護がある。綾の心を弱くされても対処できるかもしれない」
綾花を完全に麻白にすることができる魔術書。
その魔術の効果を、元樹は前に起きた現象で否応なしに目の当たりした。
前回、麻白の心が強くなった際に対処できたのは、綾花が進に変わることが出来たためだ。
それに今回は輝明の力によって、綾花は進に変わっている。
そして、昂が先程、魔術を封じる手段を見出だしたという虚言を口にしたことで、玄の父親達はその魔術を行使することを躊躇っていた。
今、綾の心を弱くされても、打つ手はあるはずだ。
なら、何とかしてこの場を切り抜けないとな。
元樹は魔術道具を手に決意を固めた。
「拓也、綾のことを頼むな」
「ああ、分かったーー」
拓也はすぐに状況を理解し、綾花とともに文哉のもとへ動き始めようとする。
しかし、元樹の漲る決意に答えたのは余裕の態度を示す玄の父親だった。
「なら、それが可能か見せてもらおうか、布施元樹くん」
「黒峯蓮馬さん……」
玄の父親の付け加えられた言葉にーー込められた感情に、元樹は戦慄するように拳を強く握りしめる。
一触即発な状況に陥ろうとした矢先ーーそこに一筋の光がもたらされた。
「随分、余裕だな。それは俺達に対しても言っているとも取れるよな」
「……っ」
焔の言葉が玄の父親の頑なな心を揺さぶった。
しかし、焔は挑発的な言葉を発したというのに少しも笑っていない。
玄の父親の心に生じた小さな揺らぎ。
有り得ざる歪な感情、幽かな例外。
隠しようのない動揺を抑えるように、玄の父親は短く息を吐いた。
「……ったく、最高に気分がいいぜ! その魔術を行使した瞬間、今度は陽向達が時を止める極大魔術の影響を受けることになるんだからな!」
「……やはり、輝明くんと焔くんが敵に回ると厄介だな」
焔達との戦闘を避けられない只中にあっても、玄の父親は述懐した。
悔いを残すことだけは絶対にしたくないーーその一心で。
理不尽な運命に立ち向かっていった焔だからこそのそれは容赦なく胸に沁みる忠告だった。
「時を止める極大魔術だと……?」
文哉は心を落ち着かせると、訝しそうにそう発言した焔の真偽を確かめる。
「黒峯蓮馬、時を止める極大魔術とはどういうことだ? 極大魔術は魔術の本家の者達ですら容易に行使することは叶わぬはずだが」
「ーーっ」
文哉の鋭い指摘に、玄の父親は思わず、息を呑んだ。
玄の父親が使える魔術の知識ーーアカシックレコード。
それは文哉達が使っている魔術とは根本的に異なる。
文哉達が使っている魔術は、自身の魔力、または魔術の使い手達が産み出した魔術道具を使うことによって事象を変革するものだ。
だが、魔術の知識は世界の記憶の概念の一部を書き換えて、事象そのものを上書きしたりすることができる。
「魔術の知識は極大魔術をも使えるようにする力があるのか? それともーー」
確信を込めて静かに告げられた文哉の問いは、驚愕する玄の父親へと向けられていた。
「阿南家の者達は極大魔術を使えるようにするような力を持っているのか?」
「……っ」
想定外な発言を耳で拾ったように、玄の父親の背中を冷たい焦燥が伝う。
その玄の父親の反応が文哉の言動を裏付けていた。
「阿南輝明と阿南焔か。彼らの未知数の力、実に興味深い」
「えへへ……、本当ですね~。極大魔術を使えるようにする力なんてすごいです~」
魔術の深淵を覗くような文哉の言葉に、文月が上機嫌にはにかんだ。




