第ニ十章 根本的に灰塵に帰す④
朦朧とする意識。運命の輪が廻り出す。
屋敷の庭に咲く軽やかな花と深い木香が合わさり、優美な色香が漂う。
それに合わせるように、輝明は横に動いて文月達から一定の距離を保つ。
「由良文月は、カウンター式の地形効果を変動させる魔術を使う侮れない実力の持ち主だ」
輝明は文月と夕薙を垣間見ながら鋭く目を細める。
焔は輝明と背中合わせに立ち回り、互いの死角を補い合う。
派手さはないが、輝明達の戦い方は堅実で隙が少ない。
「神無月夕薙は、地形変化による魔術によって相手を翻弄する。だが、由良文月の魔術は、相手からの魔術の発動によって効果を発揮するものだ」
吹っ切れたような言葉とともに、輝明はまっすぐに焔を見つめた。
文月と夕薙が行使する魔術は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』で二人が使用する固有スキルに酷似している。
それは元樹の推測どおり、魔術の使い手達は自身が操る魔術を固有スキルに生かしている事に繋がっていた。
「輝明くん、焔くん、なかなかですね~」
「様子見の一手としては良いですね。だが、得策ではーー」
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目か。プロゲーマーとしての肩書きも、魔術の本家の名目も俺達には関係ねえ!」
文月と夕薙の表情がいわんとすることを察して、焔はほくそ笑んだ。
文月と夕薙の魔術を突き崩すこと。
それが不退転の反撃を示す最大の難所であることを焔は理解しているのだ。
「変わるべき思考か。私は考えを変えるつもりはない。だが、絶対とは言い切れない」
玄の父親は先程の輝明の言葉を反芻する。
絶対に考えを変えないと言い切れても、それが確実なことはあり得ない。
どんな思考を重ねても、些細なことから変化が生じる。
物事に対しても、かって協力者だった彼女に対しても。
玄の父親の考えとは相容れず、やがて袂を断った協力者。
彼女は今もまだ、自身が犯した罪に心を痛めていた。
『あなたが娘をーー麻白を生き返そうとしていることは、独りよがいの片思いと一緒よ』
玄の父親にそう言ったのは旧知の仲で、阿南家の家主ーー輝明の母親だった。
『一番、変わるべきはあなたよ……』
「輝明くんは君に似ているな」
輝明の母親の姿を脳裏によぎらせた玄の父親は、ゆっくりと笑みを作り上げてからーー表情を引きしめる。
「だが、それでも私は麻白に戻ってきてほしいんだ……」
玄の父親は悔悛の表情を浮かべながら、今はここにいない輝明の母親に訴える。
麻白を生き返させる方法。
その一環として、自身が使える魔術の知識を用いる。
だが、麻白を生き返させるためには、それだけでは足りなかった。
だからこそ、玄の父親は同じ魔術に関わる家系で旧知の仲である輝明の母親のもとを訪れた。
『無理よ。あなたの娘を、魔術で生き返させることなんて。あなたの魔術の知識を用いても……』
『私の魔術の知識を用いれば、それは可能になるはずだ』
明らかな思考の飛躍があるのに、不自然な確信。
口元には笑みすら浮かべる玄の父親を見て、輝明の母親は不安を交じらせる。
だが、そのことに意識を割いている余裕はなかった。
玄の父親が輝明の母親に対して、大きな白いリボンを差し出してきたからだ。
それは麻白が玄からもらった白いリボン。
輝明の母親の協力を得ることによって、綾花が麻白として生きることになった要因ーー麻白の記憶操作が施されたリボンだった。
「魔術の知識だけで事足りていれば、私達のやることに彼女を巻き込まずに済んだかもしれない」
輝明の母親との回想。
玄の父親は一呼吸おいて、異様に強い眼光を輝明と焔に向ける。
その眼差しは執拗に麻白にこだわり、自身の家族
の行く末を憂いていた。
「正直、輝明くんと焔くんには私達の方に付いてほしかった」
玄の父親は心痛と不可解の入り雑じった顔で輝明と焔を見た。
「むっ、隙ありなのだ! 黒峯蓮馬、我の魔術を喰らうべきだ!!」
玄の父親が輝明に協力を持ちかけた時の出来事を蘇らせていたそのタイミングーー。
陽向と向き合っていた昂は迷いなく、玄の父親に向かって魔術を放つ。
陽向や玄の父親に放った魔術と同じように、玄の父親にだけ攻撃が及ぶように射程を絞っている。
そして、強力な魔術を放てるようにと、威力を一点に集めていた。
「ーーくっ」
直線状に放たれた氷柱。
玄の父親は魔術の知識の防壁の矛先を向け、どうにか氷柱の直撃は免れる
「おのれ~、黒峯蓮馬め!」
魔術を放った昂が地団駄を踏みながら喚き散らしていた。
誰が見ても完璧な不意討ちを前にして、玄の父親が後退しつつも魔術の知識の防壁を駆使して防いでみせたからだ。
昂の奇襲攻撃。
だが、そこまで駆使しても、玄の父親の魔術の知識による防壁を破ることには悪戦苦闘していた。
「貴様、我の魔術を防ぐとは許さぬ!」
喚き散らす昂のことなど眼中にないように、玄の父親は改めて輝明と焔に目を向ける。
「輝明くん、焔くん。君達も私達と同じ『魔術に関わる家系の人間』だ。私達は君達と敵対はしたくない」
「……父さん。輝明くんと焔くんは私達のーーあたし達の仲間だよ!」
「……っ」
綾花は途中で口振りを変えながら、輝明達を守るようにして立ち塞がった。




