第十六章 根本的に会合の出席者達⑧
だが、もちろんそんな人物が存在するはずもなく、昂の行動理念の謎解きは平行線を辿った。
「さて、いつまでも舞波昂くんに目を向けている場合ではないな」
文哉は敢えて自身の思考を振り切る。
そして拓也と綾花の意思の力を見極めるために言を紡ぎ、魔術を展開した。
それは『魔術』というよりも一種の『芸術』だった。
「行くぞ、綾花」
「ああ」
文哉の魔術が放たれる前に、拓也と綾花は疾走する。
文哉の華麗な魔術。
魔術の本家の一つ、黒峯家には、芸術を媒介とする魔術が伝わっている。
その使い手の名を黒峯文哉。
己が青春を犠牲にして、その知と才を受けた者である。
だが、拓也は文哉の魔術によって吹き飛ばされても強い意思の眸で何度でも立ち上がる。
綾花の分身体を生み出す力を駆使して、文哉の芸術を媒介とする魔術に対抗しようとしてきた。
「ーーっ」
拓也は屋敷の各々から響いてくる魔術の音に緊張を走らせる。
一種の芸術作品のようなまばゆい光芒。
立て続けに聞こえたのは連続性のある数発の破裂音と、何かが爆発したような黒い煙。
魅力されるような文哉の魔術ーーだが、それと同時に強大な魔力が屋敷を蹂躙していた。
まともに当たったら動けなくなるな。
拓也は相手が魔術の手練である事は理解している。
だからこそ、自身が持てる力を出し切って立ち向かうだけだ。
動けなくなるほどのダメージを受けてもいけない。
文哉の意識をこちらに向けさせるために出来る限りの力を振り絞る。
拓也の強さは綾花達とともに紡いだ絆。
愛しい綾花のために疾走し、大切な友人である進の力になりたいと願った。
そして、麻白がこれからも笑顔でいられるようにーー。
綾花達とともに結んだ繋がり。
その絆があれば、希望はいくらでも生み出すことができるはずだと信じているから。
「私の魔術を受けても怯まないとは……。井上拓也くん、興味深い存在だ」
文哉は拓也の意思の強さに感嘆の吐息を零す。
昂達のように魔術を行使するわけではない。
元樹のように魔術道具を持っているわけではない。
生身の状態で文哉を翻弄してくる存在。
拓也の姿を目の当たりにした文哉は昔日を呼び起こす。
「……私は、黒峯蓮馬以上の魔術の使い手になりたかった」
黒峯家の家系の一人で在りたくなくて、自分という個人を識ってもらいたくて。
しかし、天性の才に秀でるものは弛まぬ努力だけだった。
嗚呼、何故、届かない。
何故、私は彼に敵わない?
何故、私の願いは叶わない?
絶望と屈辱が津波のように押し寄せて視界を染める。
刹那思い出されるのは、遠い昔。
地上の星空の下、今は亡き母の聲。
『文哉、あなたには才能があります。黒峯家の名に恥じないように強く生きるのですよ』
――それが、記憶に残る原風景。
私が落ちこぼれであった、最後の記録。
奇跡を乞うだけの幼子であったのは、いつまでだったろうか。
虐げられた日々を知っていたから、文哉は只人から抜け出そうと邁進し続けた。
「だからこそ、只人でありながら、私達を翻弄する井上拓也くんは実に興味深い存在だ」
論理感、死生感、善悪。
文哉が抱く感情はある意味、自尊心によるものが強い。
平凡である事が罪だった。
非凡を望まない事が罪だった。
だからこそ、文哉はそんな理不尽な運命に叛逆できる力を願い続けた。
誰かに押し付けられた不条理を撥ね退けるほどの力を求める。
文哉が強くなったのは玄の父親と比肩する力を求めたため、或いは凌駕しうる執着を玄の父親に抱いているために他ならない。
それなのに拓也は平凡な身でありながら、大切な存在を守るために強くなろうとしている。
文哉が実際に求め続けていたのは、もしかしたら拓也のような力なのかもしれない。
理不尽な運命に立ち向かっていった文哉だからこそ、拓也が見せる姿は容赦なく胸に沁みる強さだった。
いずれにせよ、賽は投げられた。
世界はいつでも容易く歪む。
日常が非日常へと。
安息が崩壊へと。
斯様な出来事は誰にいつ訪れるとも限らぬものだ。
私は変わり、井上拓也くんは変わらなかった。
ただそれだけのことだ。
文哉は拓也のまっすぐな意思に惹かれつつも、己の信念を頑なに信じている。
文哉と同じく意思を曲げない存在は他にもいた。
「我は負けぬ! 負けるわけにはいかぬのだ!」
魔術の本家に連なる者達。
その一振りが生み出す力はまさに強靭。
重苦しくも、地をも揺らがすその一歩を食い止めんとする昂は更なる追撃を捌きながら戦い続けていた。
「……はあはあ。まだ、終わりではないのだ」
何度も強力な魔術を放った影響で、昂は息を切らしていた。
魔術は、陽向達にだけ攻撃が及ぶように射程を絞っている。
そして、強力な魔術を放てるようにと威力を一点に集めていた。
昂は今までの戦い方を踏襲する。
だが、そこまでしても陽向の魔術の豊富さには悪戦苦闘していた。
「今度こそ、我の魔術の偉大さが分かったであろう」
「うん。すごい威力だね」
矜持を貫いた昂に答えたのは、泰然自若と立っていた陽向だった。
「むっ?」
目を見張る昂の前で、陽向は平然とした表情で服についた埃を払っている。
「お、おのれ~! 何故、いつも倒れないのだ! 我は納得いかぬ!」
「昂くんの魔術って、やっぱりすごいね」
何度目かの魔術の打ち合いの後、昂は荒い息を吐きながらも陽向と距離を取った。
同時に陽向も浮遊して、万全の攻撃態勢を整える。
次の瞬間、昂と陽向は同時に叫んだ。
「次こそ終わりなのだ!!」
「うん。終わりにしようか、昂くん!!」
互いの魔術は正面から激突し、そして大爆発が発生した。




