第十三章 根本的に会合の出席者達⑤
ここは本来、黒峯家の会合が行われるはずだった屋敷。
無辜なる現実世界に目を瞑り、魔術という慣れ親しんだ光景を忘れられない者達の揺り籠が、この魔術の家系の系譜だ。
無辜なる世界から隔離され、秘匿された魔術ーー。
そんな『いつも通り』を求めた文哉達にとっての『日常』に亀裂が入ったのは昂の存在を知った瞬間だった。
魔術の家系ではないのに魔術を行使する存在、舞波昂。
破天荒な彼は世間から秘匿されていた魔術を使って、様々な問題を生じさせていた。
いずれ、世間に魔術という存在が知れ渡るかもしれない。
あの時感じた言い知れないその予感は、今はもはや確信に近い。
昂が魔術を使う際に生じる危機は目に見えて増加していた。
「舞波昂くんがこのまま、魔術を行使すれば、いずれ世間に魔術という存在が知れ渡るのも時間の問題かもしれない。だが、その前に彼の魔力の源を突き止めて、彼の暴走を食い止めれば、魔術の存在はこのまま秘匿されるはずだ」
文哉は事実を噛みしめるように、拓也達に確固たる決意を示した。
「舞波の暴走を止める……?」
それを聞いた拓也は複雑な心境を抱く。
「教えてほしい。舞波昂くんは何故、魔術を使える者として存在している。その答えを私達、魔術の家系の者達は知る必要がある」
以前、黒峯家の者達が集めてきた情報を収集し、昂の身辺調査を済ましていた文哉は苦悩する。
昂の身の回りを探った事で、さらに謎が深まってきた。
文哉は以前、駅員に扮した黒峯家の者を使って、昂の接触に成功している。
だが、黒峯家の者が収集できたのは昂の曖昧な情報だけだった。
唯一の収穫といえるのは、昂が着こなしていた『ペンギンの着ぐるみ』のみ。
しかし、この物的証拠も何の手がかりすらもなかった。
『ペンギンの着ぐるみ』の生地や素材、繊維さえも丁重に魔術で精査したが、何も分からずじまいだった。
文哉は集めた昂の情報の解析をしつつ、本腰を入れて論議をしたかったのだが、それは肝心の昂によって中止になってしまった。
「井上拓也くん、上岡進くん。魔術に関わる家系ではない舞波昂くんが何故、魔術を使える?」
「それは……」
文哉が提示してきた疑問に、拓也は答える術がない。
昂は拓也達が出会う前から魔術を使うという噂が流布していたからだ。
「昂が魔術を使う理由……」
綾花は躊躇うように言葉を零す。
昂と付き合いが長い進さえもその答えは知るよしもない。
唯一、知っていることは玄の父親からもらった魔術書によって、昂が魔術を使えるようになったということだけだった。
魔術の家系ではない舞波昂くんが、魔術を使える理由。
やはり、その答えはこの世界の理を解く鍵になるようだ。
驚愕に満ちた二人の反応を見て、文哉は自分の考えが正しかったことを確信する。
魔術の家系が紡いだ、延々と続く危うい安寧を取るべきか。
もしくは綱渡りの如き、刹那の決意を取るべきか。
決められる強さは文哉にも他の魔術の家系の者達にもなく、胡乱な恐怖の中で今日という日は流れ続ける。
だが、昂の存在理由を知れば、魔術の家系の者達の行く末もいずれ判明するだろう。
「井上拓也くん、上岡進くん。やはり、君達の存在も興味深い」
文哉が呟くその声音は、誰にも聞こえぬように魔術を伴う歌声となった。
それは彼にとって、一つの決意の表れであった。
魔術によって、黒峯麻白の心が宿っている瀬生綾花。
そして、彼女と心を融合させている上岡進、心を分け与えている宮迫あかり。
この事象が本来、起こり得なかった可能性を宿す泡沫であろうとも、それは事実として存在している。
娘を救える可能性があるのならば救ってみせるという玄の父親の意思は実を結び、想いの形として現出していた。
それが己の覚悟であると示すが如く、昂の根本の性質と玄の父親の強い願い、そして輝明の母親の協力を得たことで、魔術と魔術の知識を用いて成し遂げられた確固たる証明だった。
「さて、私に立ち向かう君達の覚悟を確かめる必要があるな」
文哉は言を紡ぎ、魔術を展開する。
それは『魔術』というよりも一種の『芸術』だった。
「行くぞ、綾花」
「ああ」
文哉の魔術が放たれる前に、拓也と綾花は疾走する。
「相変わらず、文哉さんの魔術は綺麗ですね~」
文哉の華麗な魔術。
その魔術を目の当たりにした文月は声を華やかせた。




