第十ニ章 根本的に会合の出席者達④
「元樹達、そして輝明さん達、どちらの戦いも激しいな」
「…‥昂、布施、阿南」
思わず、身構えてしまった拓也の張り詰めた心持ちに呼応するように、綾花が不安を滲ませる。
拓也は出来るだけ適当さを感じさせない声で応えた。
「心配するな、綾花。先生達の事だから、元樹達と輝明さん達の援護への何かしらの対策を練っているはずだ。ただ、問題はまた、舞波が暴走して羽目を外さないかだな」
「……そうだな」
拓也の説明を聞きながら、綾花は不安そうにぽつりとつぶやいた。
「まあ、あいつのことだから、例え、暴走しても、うまいこと立ち回ってくるだろう」
「……ああ、そうだな。どんな時も、昂は無類の力を発揮するよな」
拓也の苦笑に、綾花は思い出したように溌剌な笑みを綻ぶ。
「綾花、大丈夫だからな。元樹と舞波、そして先生達のコンビネーションは抜群だ。それに魔術の本家の人達が一目置くほど輝明さん達は強いからな」
拓也はそっと、綾花と視線を合わせるように語り掛ける。
それは、綾花の頭を撫でるように優しい声音だった。
「俺達は、舞波を黒峯家の会合に招いた人の行動を阻止してみせる」
「井上。俺はーー俺達は井上の道を切り開いてみる。できる限りのことをしていくからな」
拓也の戦意に、綾花は戦う意思を固めるように持っている鞄に視線を投じる。
そんな二人の様子を、文哉は値踏みするように見ていた。
「私の相手は井上拓也くんと瀬生綾花さんか。相手としてはいささか不足ではあるがーー」
脅威ではないが、厄介。
それを理解した文哉は思考を走らせる。
魔術を使うことはできないが、今までの経験を生かした発想力と柔軟性で攻めてくる拓也。
強力な魔術ではなく、複数の分身体を生み出して翻弄してくる綾花。
一撃で仕留められるほど、簡単な相手ではない。
しかし、昂達のように脅威というほどではなかった。
強力な魔術を放ち続ければ、拓也達はいつかは倒れる。
「それこそ、愚かな行為だ」
文哉は自身の浅はかな考えを否定する。
いつかとは『いつ』だ。
自問自答して導き出されたのは、拓也達が意識を失うまでという不明瞭な答え。
そんな不透明なタイムリミットを待ってやれるほど、現在の文哉に余裕はない。
恐らく、黒峯家の者達が会合の中止による後始末をしているだろう。
その中には会合の主催者である文哉の指示が必要な事柄もある。
早期の撃破が求められるのは必定と言えた。
だが、文哉がこの場にいる以上、立ち塞がる拓也達との戦闘は不可逆のものになっていた。
「相手を甘くみるのは早計だったな。彼らはあの黒峯蓮馬と黒峯陽向が手強いと認める存在だ」
文哉は事前に昂の今までの行動の足取りを調査していた。
だからこそ、拓也達が玄の父親達を何度も追いつめてきたことを知っている。
昂達と同様に、決して甘くみてはいけない相手だということを。
舞波昂。
文哉が賓客として招いた会合を無下にして、玄の父親達との戦いを優先した愚かな存在。
嫌悪感を覚えつつも、その存在意義に今も興味を惹かれている。
玄の父親達と戦っている舞波昂ーー。
嫌悪感を覚える相手に、興味を示している。
一見すると脈絡が見えない。
誰かにそれを問われたら、文哉が返答に窮する存在ーーそれが昂だ。
だが、それでも文哉は昂の魔力の源を知りたかった。
「黒峯蓮馬。舞波昂くんの力を見極めるために、貴様の魔術の知識、利用させてもらおう」
魔術の知識の使い手、黒峯蓮馬。
魔術の知識という特異な力を持つ彼は、黒峯家の中でも特筆した存在だった。
文哉がいずれ乗り越えなくては存在。
だがそんな玄の父親を利用しても、文哉は昂の魔術の根元を解明したいと願っていた。
魔術の家系ではない昂が魔術を行使する理由。
何度熟慮しても答えを見いだせない存在。
ならばそれで良いと、文哉は再度、拓也達に目を向ける。
今こうして向き合う己の果てが無残なものとなることを覚悟しながらも。
ーーいくら近くで嫌悪感を覚える者と劣等感を抱く者が交戦して居ようとも。
それを『障害』として断じることが出来る自分こそが、黒峯家の重鎮として在るべき存在なのだとそう信じていた。
「舞波昂くんという不明瞭な者の存在理由を見極めるために、私は成すべきことをしよう」
「……っ」
魔力を励起した文哉は行く手を阻む拓也達をねじ伏せる覚悟を固める。
「井上拓也くん、瀬生綾花さんーーいや、今は上岡進くんといった方が正しいな。話しておきたいことがある」
「話しておきたいこと……?」
文哉は警戒する拓也達に言葉を投げかける。
文哉が視線を投じれば、昂達の魔術によって激震する屋敷の姿があった。




