第四章 根本的に在りしき日々は過去の残照④
「ここに来て、魔術の本家の人達と遭遇するなんてな」
想定外の出来事を前にして、拓也は厳戒体制が取られた屋敷に意識を向ける。
「黒峯蓮馬さんと陽向くんは知り合いみたいだな」
「ああ。しかも、どうやらあの人は前に舞波にコンタクトを取ってきた相手みたいだ」
元樹は文哉が昂と接触を試みてきた電話の相手の主だと確定事項としていた。
「相変わらず、飲み込みが早いな」
「元樹くんはすごいね」
その揺らぎない自信に呆気に取られつつも、玄の父親と陽向は確信に満ちた顔で笑みを深める。
「舞波と陽向くんは、互いが互いの切り札の事を認知している魔術の使い手だ。そして、未知の相手である魔術の本家の人達が集っている」
目まぐるしく変わる状況の苛烈さに、元樹は迷うように視線を落とす。
「輝明さん達がいるとはいえ、苦戦を強いられそうだな」
何度も激突してきた玄の父親と陽向。
今回の会合の主催者である文哉。
魔術の本家の者である文月と夕薙。
そして、強敵ばかりのこの状況でも戦意を高ぶらせる昂。
賓客である昂が目先のことにとらわれている限り、もはや会合を行うことは実現不可能だろう。
当然、後先を考えない昂には沸き上がる感情を制御する術はない。
だからこそ、昂の心に打倒の決意が燃え滾った。
「舞波昂くん。君を僕の戦域へ再び、招き入れましょうか」
「むっ、我に挑むつもりなら返り討ちにしてくれよう」
宙に浮かんだ魔力の焔は、果たして幾つか。
夕薙の華麗な魔術を前に、昂は闘志を漲らせて魔術を放つ。
屋敷全体を揺らす衝撃が、彼らの魔術の激しさを物語っていた。
「おのれ~。ならば、黒峯陽向、今こそ、我の魔術を食らうべきだ!」
夕薙によってあっさりと魔術が相殺される。
癇癪を起こした昂は間隙を突くように、裂帛の気合いを込めて魔術を放った。
意表をついた昂の魔術。
だが、それは口にした陽向ではなく、玄の父親へと向かっていく。
「昂くん、残念だが同じ手は食わない」
玄の父親は魔術の知識を用いて、昂の魔術から身を護る防壁を生み出すと、即座に陽向に目配せする。
「陽向くん」
「うん。叔父さん、任せて!」
「……むっ!」
陽向は申し合わせたように、昂が放った魔術を容易く相殺したのだった。
「何故か、舞波が黒峯蓮馬さんと陽向くん、それに神無月夕薙さんを相手取っているな」
「そうだな。だけど、舞波の意趣返しは失敗に終わりそうだな」
元樹の見解に、拓也は改めて、思案を重ねる。
昂と陽向。
互いが互いの持ち札ーー魔術を知り得ている。
だからこそ、最適解といえる行動が瞬時に取れる。
しかし今回、戦う場所は陽向が以前、訪れた事がある黒峯家の屋敷だ。
陽向は屋敷内の配置を認知しており、玄の父親と協力体制を取れる状態。
そして、強力な魔術を操る夕薙の存在。
逆に先制攻撃を仕掛けた昂の方が場所の位置取りが不慣れな分、旗色が悪いように感じられた。
(我は決して負けぬ……。我はーー)
それでも激闘の最中、昂の内側で燻り続ける想いがあった。
静まった彼の心に、感情がゆっくりと沁み出してくる。
決して譲れぬ彼なりの矜持があるのだ。
昂の強靭な精神はある意味、超常の領域とも言える。
例え、どれだけ相手が手強くても。
例え、どれだけ相手が高尚な身分だろうが。
(我は、我のやり方でリベンジを果たしてみせるのだ!)
その滾る感情は、追い詰められた事を根に持って暴れるための熱量へと変わった。
「……先程まで舞波はあれほど、巨大化の魔術にこだわっていたのに、今はすっかりに陽向くん達との戦いに目を向けているな」
相変わらずの昂の行動理念に、拓也は額に手を当てて呆れたように肩をすくめる。
『貴様ら、離すべきだ! 我は意地でも巨大化を成し遂げてみせる! なにしろ、せっかくこの魔術を産み出したのに、大会会場でも、黒峯陽向の病室でも使うことを止められたのだからな』
陽向が入院している総合病院の近くで、昂が訴えていた内容。
拓也達が引き留めても、それでもなお、昂は魔術を実行しようとしていた。
もし、あのまま巨大化して、陽向が入院している病院に向かっていたら大変な騒ぎになっていただろう。
パトカーが出動するだけではなく、もっと大事になっていたはずだ。
想像するに難くない事実を思い返して、拓也と元樹は困ったように顔を見合わせる。
しかし、昂の行動には一貫性がない。
自身の欲求に従い、すぐに目移りしてしまう。
「魔術の本家の者達、三人を相手取るのか。新たな魔術を産み出せる存在は、相当な魔術の使い手みたいだな」
「……へえー、面白いじゃねぇか」
昂の無謀無策な特攻への解釈。
核心を突く輝明の理念に、焔はそれだけで納得したように表情に笑みを刻む。
主従関係を結んでいる輝明と焔。
魔術の本家の者達も注目している強力な魔術の使い手。
それぞれ、個性も指標も考え方も違っていたが、その剽悍さは昂の及ぶところではないように拓也には思えた。




