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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術革命編
281/446

第ニ章 根本的に在りしき日々は過去の残照②

陽の光はただ、皓々と屋敷を照らす。

どれだけの間違いを繰り返してきても、積み重ねられてきた想いだけは消えない。

たとえ、それが冷徹に事の顛末を見守る結果になったとしても――。


美里はふと、玄の父親に初めて出会った時のことを思い出す。

青春の記憶を。

もう二度と戻らないと思っていた、輝かしい記憶を。

幸せは永遠だと信じていたあの頃を。

入社初日に大きなミスをして困っていた美里に、この会社の社長である蓮馬は優しく仕事の説明をしてくれた。

上司と部下の関係ではなく、ただ、まっすぐに正面から接してくれた。


あの時の社長が眩しくて、今の自分に至るきっかけだったからーー。


美里は、社長の立場である彼と気兼ねなく話せるのが嬉しかった。

超一流会社でありながら、アットホームな雰囲気に包まれていた職場が楽しかった。

それはきっと、彼がーー玄の父親がいたからだろう。

美里が、玄の父親に恋に落ちるのはそれほど時間がかからなかった。


ーーあなたが好きです。


本当はあの時ーー恋心に気づいたあの時、言ってしまいたかった本当の気持ち。

しかし、玄の父親には既に妻と幼い子供がいた。

だからこそ、美里は自身の想いを封じる。

胸が張り裂けそうな想いの中で、美里は麻白の姿をした綾花を見つめる。


社長、私はあなたが好きです。

それは決して口にしてはいけない気持ち。

伝えてはいけない気持ち。

それは分かっています。

けれど、私にとって、あなたがどれだけ大切な存在だったのか。

どれだけずっと一緒にいたいと思ったのか。

せめてそれだけは、私の心に刻みつけたかったんです。

そして、願わくは玄様と麻白お嬢様のことを、私と社長の子供のように思うことをお許し下さい。


想いを堪えきれなくなってしまったように。

美里の眸から一筋の涙が頬を伝い、地に落ちていく。

身近に感じられる愛しい人の温もりが、美里の心を蝕んでいった。






確かに、ここから出ることは出来ないな……。


元樹は美里の警告の意味を理解する。

屋敷には、魔術の本家の者達が佇んでおり、魔力を張り巡らされている。

それはまさに綾花達にとって、八方塞がりの状態だった。

いかに、1年C組の担任達が警備員達を薙ぎ倒そうと変わることのない不変の事実。

その機械に打ち込んだような美里の言葉の中に、魔術道具を握りしめた元樹は一縷の望みをかける。


「黒峯蓮馬さん、渡辺美里さん。玄と大輝は、今の麻白に対して戸惑っています。それでも、綾と上岡の存在を認めた上で、今の麻白を受け入れようとしてくれています」


魔術による激闘の最中、玄の父親と美里の内側で燻り続けた想いがあった。

元樹はそれを踏まえた上で、敢えて口にする。


「麻白のその気持ちまで踏み滲むーー」

「麻白は麻白だ!」


元樹の言葉を打ち消すように、玄の父親はきっぱりとそう言い放った。


「たとえ、玄と麻白、そして大輝くんの気持ちを踏み滲むことになろうとも、私はーー私達はどうしても麻白に帰ってきてほしい。帰ってきてほしいんだ……」


何度も繰り返されてきた葛藤。

拳を握りしめ、苦悩の表情を晒す玄の父親は、明らかに戸惑っていた。

元樹達がーーそして、玄と大輝が綾花達を守りたいと願っているように、玄の父親達もまた、麻白に戻ってきてほしいと焦がれている。

だが、それを強行することに生じる、玄と大輝からの拒絶の意思を恐れていた。


「黒峯蓮馬さん……」


元樹は、玄の父親が苦悩するその真意を理解する。

理不尽に失われてしまった娘の命。

不意に、元樹は以前、陸上部の合宿の際に、麻白の姿をした綾花の分身体を自身の彼女だと紹介した時のことを思い出す。


『ここまで、一緒に来てくれてありがとうな、麻白』

『うん。あたし、こうして、元樹達に会えて良かったよ』


頭をかきながらとりなすように言う元樹に、麻白の姿をした綾花の分身体は大きく目を見開いた後、嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。

そのあどけなく見える笑顔に、元樹は心惹かれるようにぎゅっと絞られるような心地がした。


綾花に進が憑依してから、生まれて育っていった元樹の恋心は、綾花が綾花と進とあかり、そして、麻白の四人分、生きることになってからも消えなかった。

それどころか、ますます大きく根を張ってしまっていた。


偶然なのだろうか。

それとも必然だったのか。


愛しくも懐かしい記憶を掘り起こし、元樹はどことなく寂しくなる。

いつしか、一緒にいることが当たり前になってしまった友人の彼女。

だけど、麻白の姿をした綾花の分身体ーー麻白の彼氏としては付き合えるようになった大好きな彼女。


あの時の彼女の思いを汲み、元樹は静かに続けた。


「麻白に帰ってきてほしい……と望むのなら、まずは今の麻白と向き合って下さい。もし、それが叶わないというのでしたら、俺達の挑戦を受けて下さい。綾をーー麻白を賭けた勝負を」


その瞬間、拓也達、そして玄の父親は凍りついたように動きを止める。

元樹が放った衝撃的な提案は、緊迫したその場の空気ごと全てをさらっていった。






瀬生綾花さんをーー麻白を賭けた勝負。


その意図を察した瞬間、玄の父親の纏う空気が一変する。


「この場には、私と陽向くん、そして神無月夕薙くんもいる。私達が圧倒的優位に立っているというのに何故、そのような勝負を受ける必要がある」


即座に冷たく切り捨てた玄の父親の反応を予測していたように、元樹はある確信を胸に秘めていた。


「いえ、圧倒的優位に立っているのは、俺達の方です。俺達は輝明さんの力を借りることが出来ますから」


一笑に付すべき言葉。

強がりにすぎない台詞。

そのとおりに笑みを浮かべた玄の父親は、次の瞬間、表情を凍りつかせる。


「黒峯蓮馬。よもや、このような場所にいるとはな」

「こんにちは~、黒峯蓮馬さん」

「……文哉、由良文月さん」


玄の父親が目線を向けたその先には、今回の会合の主催者である黒峯文哉と由良文月の姿があった。

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