第六十三章 根本的に虚構戦役の革新⑦
昂が持ちかけた奇襲作戦。
それは型破りな作戦でもあり、限られた戦力の綾花達が取れる最善の策だった。
「後のことは、おまえ達に任せた。そしてーー」
輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わる。
「黒峯家、由良家、神無月家。魔術の本家であっても関係ない。僕達は、僕達のーー阿南家の役目を果たす。それだけだ」
「……ああ、そうこなくちゃな」
焔は抑えようとしても抑えることのできない情動を抱く。
魔術の家系の家主の息子とそれに仕える者の孫。
だが、輝明と焔の関係は、不平等という虚飾を取り払った友誼に基づく。
焔にとって互いの肩書きなど、何の意味も成さない。
それは何よりも美しい美学だと思えた。
輝明に仕える忠臣ーー。
この場所なら、焔はいつまでも自分らしくいられると思った。
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ二人の強い意思。
その揺らぎない決意に応えるように、元樹は今までの考察を確信に変える。
「拓也。黒峯蓮馬さんの言葉が真実だとすれば、先程、輝明さんと阿南焔さんが感じた魔力の一つは恐らく神無月夕薙さんのものだと思う。もしかしたら、舞波達は想定外の事態に遭遇しているかもしれない」
「なっ!」
元樹の発言に、拓也は虚を突かれたように唇を噛みしめた。
「だけど、黒峯蓮馬さんと陽向くんの隙を突いて、ここから逃れるのは簡単じゃなさそうだな」
「そうだな」
探りを入れるような元樹の言葉に、拓也の顔が強張る。
「輝明さんと阿南焔さんの協力を得ているとはいえ、先行きは厳しいな」
「ああ」
そのとらえどころのない玄の父親と陽向の行動の不可解さに、元樹は思考を走らせた。
その時、聞き覚えのある悲痛な叫び声が轟いてくる。
「ひいっ! 綾花ちゃん、助けてほしいのだーー!!」
このままでは、また、玄の父親達に出し抜かれてしまうのではないか、と思案に暮れる拓也と元樹の耳に勘の障る声が遠くから聞こえてきた。
突如、聞こえてきたその声に苦虫を噛み潰したような顔をして、拓也と元樹は声がした方向を振り向く。
視認した先には案の定、綾花を求めて屋敷内を疾走してくる昂の姿があった。
躊躇なく思いきり綾花に抱きつこうとしていた昂に、拓也と元樹は綾花を守るようにして昂の前に立ち塞がった。
綾花に抱きつくのを阻止されて、昂は一瞬、顔を歪ませる。
だがすぐに、昂はそれらのことを全く気にせずに話をひたすら捲し立てまくった。
「貴様ら、大変なのだ! 神無月夕薙というよく分からない者のせいで、我の影武者達が再び、反乱を起こしたのだ! 謀反返しをしようとしたが、我では手に負えぬ。貴様らが何とかするべきだ!」
「神無月夕薙って……魔術の本家の人だよな?」
「先生達はもしかして神無月夕薙さんの足止めをしているのか?」
訝しげな拓也と元樹の問いかけにも、昂は憤懣やる方ないといった様子で同じ内容を訴え続ける。
拓也と元樹は顔を見合せると、これまでの情報を整理していく。
今度は、何が起こったんだ?
そんな拓也の疑心を尻目に、屋敷の外へと目を向けた綾花は心底困惑したように言った。
「井上、布施。大勢の昂が一斉にこちらに迫ってきている!」
「なっ!」
「これは!」
綾花の視線を追った先には、まるで悪夢のような光景が広がっていた。
「「「舞波昂を、会合の場へ連れていくべきだ!!」」」
昂の分身体達が総出で突撃してくるという怪奇な現象。
全ての昂の分身体達が、昂めがけて一糸不乱に押しかけてきていた。
そこで、はたと一番気にしなくてはいけないはずの重大事に、拓也と元樹は思い当たる。
「こ、これって、まさか」
「……ああ。前に舞波の分身体が操られてしまった時と同じ方法だろうな」
鬼気迫る昂の集団を前にして、事態を把握した拓也と元樹は呆気に取られてしまう。
「何度見ても不思議な魔術だな」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示す輝明の姿があった。
「舞波昂という魔術の使い手と黒峯家が管理していた魔術書によって生じた現象。これが分身体を複数、増やすという魔術か」
「……へえー、面白い魔術じゃねぇか」
昂の型破りな魔術への解釈。
核心を突く輝明の理念に、焔はそれだけで納得したように表情に笑みを刻む。
主従関係を結んでいる輝明と焔。
それぞれ、個性も指標も考え方も違っていたが、その剽悍さは昂の及ぶところではないように拓也には思えた。
しかし、肝心の昂は自らが犯した過ちを棚に上げて、不愉快そうに顔を歪めて高らかに訴えた。
「おのれ~! いつの間にか、我の影武者達が一致団結しているではないか!」
「……おい。奇襲作戦を反故にしない方が良かったんじゃなかったのか」
「はあ……。舞波の魔術の効果を解かないといけないな」
傍若無人な昂の有り様に、拓也と元樹はうんざりとした顔で冷めた視線を向けた。
しかし、昂がこの場へと訪れたおかげで、元樹が持っている魔術道具はようやく真価を発揮する。
「今すぐ、舞波の分身体を全て消してくれないか!」
元樹は咄嗟に魔術道具をかざすと、決意を込めた声でそう告げた。
魔術道具の放った光が消えると、昂の集団は跡形もなく、消え去っていった。
「助かったのだ……」
「本当に、先行きが不安だな」
拓也は安堵の表情を浮かべた昂を見据えると、忌々しさを隠さずにつぶやいた。
元樹が不満そうな拓也を横目に見ながら、ため息をついて言う。
「舞波の分身体達は全て消えたことだし、とにかくここから巻き返そう」
言うが早いが、元樹は煮え切らない様子の昂へと視線を向けた。
「むっ、仕方ない。我の特攻が裏目に出たことは腹ただしいが、綾花ちゃんのためだ」
元樹の声に応えるように、昂は自らを追い詰めた相手ーー神無月夕薙に対して戦意を高める。
それは黒峯家の屋敷を舞台にした魔術という名の戦いが加速していくことを意味していた。




