第六十ニ章 根本的に虚構戦役の革新⑥
玄の父親は拓也達と対峙する。
だが、話を振られた陽向は、未知数の魔力を秘めている輝明に対して興味を示す。
「叔父さん。輝明くんと焔くんの力は、魔術の本家の人達にも驚愕の力だったんだよね」
「ああ。今回の会合の主催者である文哉も恐らく、戦慄しているはずだからな」
陽向の打てば響くような返答に、玄の父親は確信に満ちた顔で笑みを深める。
「魔術の分家、阿南家の力は凄まじいね。昂くんもきっと、驚いていそうだね」
魔術の本家である者達に匹敵ーーいや、凌駕するほどの魔力を持つ者が魔術の分家に存在している。
その事実を改めて玄の父親から聞かされて、陽向は心底、心を震わせた。
輝明くんは魔術の分家の家主の息子なんだよね。
魔術の分家は、いずれ魔術の本家を越えるかもしれない。
それに魔術に関わる家系でない昂くんはこれからどう動いていくんだろう?
魔術に関わる家系の者ではないのに、魔術を行使する昂。
黒峯家とは別の魔術に関わる家系の人間である輝明。
陽向は異なる経緯の二人に興味を示す。
玄と麻白も輝明くんのように、何らかの魔術の素質を持っているのかな。
もし、先天的だけではなく、後天的にも魔術を使えるようになることが証明されれば、僕もいつか、叔父さんの魔術の知識の力に頼らなくても魔術を使えるようになるかもしれない。
陽向は謳のごとき、リズムで言葉を放つ。
「……やっぱり、魔術って奥が深いね」
魔術の家系とは無関係な昂が魔術を使えるという事実は、この上なく陽向の胸を打った。
魔術の素質がなかった僕も、昂くん達のような魔術を使える存在になりたい。
それは陽向が昂と輝明達の存在を知る前も、知った後も、変わることのなかった不変の事実。
媒介した魔術書に記載されているものだけだが、陽向は魔術を行使することができた。
それは一時的とはいえ、陽向は昂達と同じように魔術を使えるようになったといえるのかもしれない。
だからこそ、それを叶えてくれた玄の父親の力になりたいと願った。
「僕達は、麻白が麻白として生きることを拒んでも諦めないよ」
「陽向、俺はーー上岡進は陽向と友達になりたいんだ」
綾花に対して発せられた陽向の矜持と決意。
それでも綾花は意思を示すように前を見据える。
「友達に……?」
「ああ。もちろん、綾花も俺と同じように陽向と友達になりたいと思っているんだ」
呆気に取られた陽向の戸惑いに応えるように、綾花はどこか晴れやかな表情を浮かべて笑う。
たとえ今は想いが届かなくても、陽向はいつか麻白だけではなく、綾花と進の事を見てくれると信じているからーー。
「綾花……」
一歩踏み出し進むごとに、拓也の心は早鐘のように打ち鳴らす。
綾花達が示す強い決意に、拓也の心は高揚していく。
綾花を完全に麻白にするーー。
玄の父親の固い意思。
拓也は改めて、綾花と進を失うかもしれない恐怖に鼓動が乱れた。
「綾花と上岡を絶対に守ってみせる!」
「ああ。綾と上岡を守ろうな」
綾花達を護る意志と確かな願い。
拓也と元樹は信頼するように言葉を交わし、それぞれの持ち場を決める。
「……ここを突破するためには戦うしかないみたいだな」
「……ったく、最高に気分がいいぜ! 時を止める極大魔術、今度は陽向達が影響を受けることになるんだからな!」
最早、輝明と焔も寸毫として迷わなかった。
玄の父親と陽向。
二人と改めて、向き合う覚悟を決める。
「とにかく、今は舞波と合流を果たそう。先程、阿南焔さんが感じた魔力、恐らくそこに舞波がいるはずだからな!」
機を窺う元樹もまた、今までの情報を照らし合わせて昂達の居場所を掴もうとする。
速やかに夕薙と激突している昂のもとへたどり着くために、戦いの趨勢を見極めようとした。
「輝明さんがあの時と同じように、綾と一緒に上岡に呼び掛けたことで何か変わるかもしれないな」
確証はない。
だが、元樹はある確信を胸に秘めていた。
魔術の本家である黒峯家と同じ、魔術に関わる家系。
阿南家の人達が持つ力は、黒峯蓮馬さん達が協力を希求するほどの未知数で強大な力だ。
元樹は改めて、その言葉の意味を問い直す。
「僕達は当初の予定どおり、屋敷の者達の虚を突く。その間、おまえ達は仲間と合流を果たしてこい」
「わ、分かった」
「……井上」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声に、拓也は綾花を守る位置に動く。
後方に下がった綾花達をよそに、焔が愉しそうに笑みを浮かべる。
「……ああ、そうこなくちゃな」
そう告げる輝明の口調に、綾花達が抱いているような逡巡や不安の揺れはない。
輝明の振る舞いに、焔は心から安堵し、意思を固めた。
「輝明、おまえは俺が唯一、認めた主君なんだからよ! 全てを覆せるだろう!」
いつもの強気な輝明の言葉に、焔は断固たる口調で言い切る。
「魔術の本家ーーいや、陽向達の虚を突くのは俺達の役目だ! あらゆる隔たりも関係ねえ! 俺は阿南家の存在を、魔術の本家の者ども、他の魔術の家系の者どもにーー世間に認めさせたいんだ……!」
理想を心に、けれど歩む道には犠牲が十分に伴ってきた。
全てを拾うには、己の掌は余りにも小さ過ぎるのだと知っている。
(これは俺の意地であり、確固たる信念だ)
だからこそ、焔は期待を込めた眼差しで主君である輝明を見つめた。
「阿南輝明さんと阿南焔さんって、なんていうか、互いに……」
「……ああ。信頼し合っているな」
瞠目する拓也の言葉を繋ぐように、綾花は確かな事実を口にする。
「黒峯蓮馬さん、陽向くん。思わぬ遭遇があったけれど、作戦の方向性を組み直す必要はなさそうだな」
先を見据えた元樹は案ずるような気配を昇らせた。




