第六十一章 根本的に虚構戦役の革新⑤
「叔父さん」
「陽向くん、大丈夫だ」
陽向にそう応えながらも、玄の父親は次の手を決めかねていた。
輝明達の魔術という特異性だけではなく、魔術道具を巧みに使いこなしてくる元樹の手腕も侮ることはできないと感じていたからだ。
「おいおい、もうじき会合の時間じゃないのか? こんなところで賓客の出迎えをしていていいのかよ?」
「麻白、私達のもとに戻ってきてほしい」
焔の挑発など、玄の父親は歯牙にもかけない。
ただ純粋に綾花に本来の麻白として戻ってきてほしいと願っている。
綾花達に拒まれても尚、変わらなかった愛娘への一途な百年の計。
玄の父親は正邪を越えて、娘の死という運命に抗う。
否定することが正義か。
肯定することが正義か。
それでも世界は冷たく、ようやく掴めたと思った娘の手は滑り落ち、温もりは消える。
綾花達との間で生じた亀裂は、玄の父親の危うさを浮き彫りにしていった。
「父さん、陽向くん……」
綾花が見せる真摯な瞳。
その中に隠された不安と戸惑いを、焔は軽い笑いで受け流す。
「おいおい。俺の疑問は無視かよ! 大会の時に、力を貸してやった恩を仇で返す気か?」
「そんなつもりはないよ。焔くんには感謝している。輝明くんに会わせてくれたんだから」
焔の発した戯言に、陽向は抑えようとしても抑えることのできない情動を抱く。
大会会場で目にした輝明の力の淵源。
綾花は輝明の激励により、あかりに憑依しており、なおかつ、時間が止まっているはずの進を呼び起こすという奇跡を発現させた。
あの未知の力は、玄の父親が使う魔術の知識とは根源から異なる力かもしれない。
「輝明くんだったよね? 次に会った時は、昂くんの力だけではなく、輝明くんの力を見てみたかったんだよね」
陽向は未知数である、輝明の魔術を垣間見ることを望んでいる。
だからこそ、好敵手である昂だけではなく、輝明に興味を示す事も当然の帰結だった。
「もちろん、焔くんの力もね」
「陽向……」
魔術を使う者への憧憬。
淡々とした口調の中に、綾花は陽向の抱えたものの根深さを垣間見る。
魔術に関わる家系の者ではないのに、魔術を行使する昂。
黒峯家とは別の魔術に関わる家系の人間である輝明。
陽向は異なる経緯の二人に興味を示す。
魔術の素質がなかった僕も、昂くん達のような魔術を使える存在になりたい。
それは陽向が昂と輝明の存在を知る前も、知った後も変わることのなかった不変の事実。
媒介した魔術書に記載されているものだけだが、陽向は魔術を行使することができた。
それは一時的とはいえ、陽向は昂達と同じように魔術を使えるようになったといえるのかもしれない。
だからこそ、それを叶えてくれた玄の父親の力になりたいと願った。
「麻白。僕達は、麻白を取り戻すことを諦めるつもりはないよ」
「陽向……」
綾花にーー麻白に対して発せられた、陽向の矜持と決意。
その強い意思は綾花達を後方へと下がらせた。
「どうやら、仕掛けてきたのは黒峯蓮馬さんと陽向くんだけみたいだな」
元樹は警戒するように視線を周囲へと走らせる。
周辺の警備員達は事の次第を悟ると、文哉のもとへ駆けていく。
「目的は綾を完全に麻白にすることができる魔術だろうな。だけど、今の綾は上岡だ。それに輝明さんの加護がある。綾の心を弱くされても、対処できるかもしれない」
綾花を完全に麻白にすることができる魔術書。
その魔術の効果を、元樹は前に起きた現象で否応なしに目の当たりした。
前回、麻白の心が強くなった際に対処できたのは、綾花が進に変わることが出来たためだ。
それに今回は輝明の力によって、綾花は進に変わっている。
今、綾の心を弱くされても、打つ手はあるはずだ。
なら、何とかして舞波と合流しないとな。
元樹は携帯を手に決意を固めた。
「拓也、綾のことを頼むな」
「ああ、分かったーー」
拓也はすぐに状況を理解し、手筈どおりに動き始めようとする。
しかし、元樹の漲る決意に答えたのは余裕の態度を示す玄の父親だった。
「なら、それが可能か見せてもらおうか、布施元樹くん」
「黒峯蓮馬さん……」
玄の父親の付け加えられた言葉にーー込められた感情に、元樹は戦慄するように拳を強く握りしめる。
一触即発な状況に陥ろうとした矢先ーーそこに一筋の光がもたらされた。
「随分、余裕だな。それは俺達に対しても、宣戦布告しているとも取れるよな」
「……っ」
焔の言葉が玄の父親の頑なな心を揺さぶった。
先程の玄の父親の返答は、まるで自分の力を過信しているとも取れる発言。
しかし、焔は挑発的な言葉を発したというのに少しも笑っていない。
玄の父親の心に生じた小さな揺らぎ。
有り得ざる歪な感情、幽かな例外。
隠しようのない動揺を抑えるように、玄の父親は短く息を吐いた。
「……ったく、最高に気分がいいぜ! 時を止める極大魔術、今度は陽向達が影響を受けることになるんだからな!」
「……やはり、輝明くんと焔くんが敵に回ると厄介だな」
焔達との戦闘を避けられない只中にあっても、玄の父親は述懐した。
悔いを残すことだけは絶対にしたくないーーその一心で。
理不尽な運命に立ち向かっていった焔だからこそのそれは容赦なく胸に沁みる忠告だった。
「輝明くん、焔くん。君達は今回、私達に協力はしてくれないのかな?」
玄の父親の疑問は、輝明からすれば愚問だった。
「どうして協力すると思った?」
「……そうか、残念だ」
畳みかけた輝明の直言に、玄の父親はそれ以上の勧誘を止める。
玄の父親は先程、文哉の魔力を打ち負かした輝明と焔の魔術に尊敬と畏怖の念を抱いていた。
それは離れた場所にいた陽向と玄の父親、屋敷に佇んでいた文月と文哉をも驚愕させるほどの強大無比な魔力だったから。
現に輝明と焔が行使する魔術は、魔術の本家の者達にとっても目を見張るものがある。
玄の父親としても、出来ることなら仲間に引き入れたかった。
「なら、この話は終わりだ。陽向くん、そろそろ幕引きとしよう」
玄の父親は陽向を一瞥し、表情の端々に自信に満ちた笑みを迸らせて告げた。




