第六十章 根本的に虚構戦役の革新④
「魔術の本家なんて関係ない。全てを覆すだけだ!」
「ああ、任せろよ!」
輝明と焔の渾身の魔術。
それは文哉によって魔術の施錠が施された扉ーーその力の核を暁暗の一撃で以て砕いた。
やがて、扉は解錠され、音を立てて開かれる。
「この魔力は……」
「おっ、向こうでも大きな魔術の戦いが始まったみたいだぜ!」
魔術で扉をこじ開けた輝明と焔は、出迎えた屋敷の者達の虚を突くために動いていく。
「魔術の戦い、もしかして舞波か」
焔が発した懸念材料を聞き留めて、元樹は思考を巡らせる。
不可解な空気に侵される中、拓也は驚いた様子で、元樹に疑問を投げかけた。
「舞波が陽向くん達と戦っているのか?」
「陽向くん達、もしくは魔術の本家の人かもしれないな」
「魔術の本家か……」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示す綾花の姿があった。
「とにかく、今は舞波と合流を果たそう。先程、阿南焔さんが感じた魔力、恐らくそこに舞波がいるはずだからな!」
「ああ。屋敷の中も魔術によるギミックがありそうだな」
「井上、布施、そして、阿南。俺も力になるからな」
元樹と拓也の気概に、綾花は気を取り直したように肯定した。
輝明達が警備員達を対処しているその間に、綾花達は屋敷内へと侵入する。
屋敷は毒気を抜かれるほどに、ただの壮麗な屋敷だった。
魔術の本家の屋敷という雰囲気は微塵もない。
天井には燦然と輝く大小様々な灯が設えられ、壁際にはガーディアンを模した彫像が飾られている。
それは豪華絢爛な屋敷に迷い込んでしまったような錯覚を起こしてしまうような光景だった。
「輝明さん達は強いな」
拓也は周辺の様子を見て、感嘆の吐息をこぼす。
拓也達を捕らえるために出迎えた警備員など、個々の実力で圧倒する輝明達の敵ではなかった。
「たとえ魔術の本家の者達が道を塞ごうとしてきても、僕達は僕達の役目を果たす。それだけだ」
「ああ、そうこなくちゃな」
輝明と焔が肩を並べ、同時に駆ける。
流れるような強烈な魔術はまさに鎧袖一触。
警備員達はあっという間に蹴散らされた。
もはや周囲の警戒など不要。
二人は阿吽の呼吸で警備員達の動きに対処する。
警備員達を翻弄しながら、まっすぐに、ただまっすぐに会合が行われている場所に向かっていく。
後ろから追撃してくる身の程知らずの警備員達は、二人が放つ魔力の波動に飲み込まれ、吹き飛ばれていった。
「舞波達とは魔術の本家の人達と遭遇する前に合流したいな」
「ああ、そうだな」
拓也の懸念に、元樹は記憶の糸を辿るように目を閉じる。
「俺達はあくまでも舞波達と合流する事に集中しよう。舞波と合流すれば、輝明さん達と離れていても情報を伝え合う事ができるしな」
元樹は昂と合流したら、魔術を用いた作戦の共有を願い出るつもりだ。
昂は以前、陽向の魔術に苦戦しながらも、その方法ーー魔術でみんなに情報を伝達するという離れ業を実行している。
しかし、今回は魔術の本家の者達が妨害に徹するかもしれない。
だが、元樹には輝明達というそれに対処するための勝算がある。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦。
玄の父親と陽向の時間を止めるという神業を担ったのは焔だった。
そして、綾花の身に奇跡を引き起こした輝明の未知の力。
魔術の分家とはいえ、阿南家の者達が持つ力は魔術の本家を凌駕する力を秘めているかもしれない。
「ただ、問題は輝明さん達が先程、感じた二つの強大な魔力だな」
機を窺う元樹の思考はさらに加速化する。
先程、扉を解除する魔術を放った後、焔が発した懸念材料。
その正体はまだ分からない。
先程、昂が相対していた陽向達か。
それともーー。
「一つは恐らく、舞波の魔力だと思う。ただもう一つはーー」
「神無月夕薙くんのものだろうな」
その瞬間、綾花達の目の前には思わぬ相手が立っていた。
想定外の事態に、警備員達の迎撃に動こうとしていた元樹は身動きを止める。
「黒峯蓮馬さん、陽向くん……」
元樹の視線の先には、玄の父親と陽向が立ち塞がっていた。
「先程、昂くんと遭遇したからな。麻白達も恐らく、ここに来ていると踏んでいた」
愛娘の姿を目の当たりにした玄の父親は表情を緩ませる。
会合への出席を念頭に置きながらも、玄の父親は最優先事項である麻白の奪回へと動いていた。
既に会合の時間は過ぎている。
文哉は怒りを滲ませているだろうな。
玄の父親達がこれ以上、遅れれば、会合に不利益が生じることは想像に難しくない。
しかし、さりとて過ぎ去った時間は戻らない。
「……違うな」
玄の父親は見るに堪えないほどに下手な嘘に嘆息した。
魔術の本家の一つ、黒峯家の屋敷で行われる会合で文哉が何を求めているのか。
その答えを自分達は知っているのだから。
「文哉も動き始めているはずだ。私達と同じように、自身が求める答えを追求するためにな」
玄の父親は昂を賓客として招いた文哉の真意を汲む。
舞波昂。
魔術の家系ではないのに魔術を行使する存在。
文哉は嫌悪感を覚える相手に興味を示している。
一見すると脈絡が見えない。
誰かにそれを問われたら、文哉が返答に窮する存在ーーそれが昂だ。
だが、それでも文哉は昂の魔力の源を知りたかった。
「私と文哉は相容れない存在だが、互いに似た性格かもしれないな」
玄の父親は意図的に笑みを浮かべる。
自分さえ騙し得ない欺瞞に何の意味があろうというものなのか。
幾つかの局面において後悔が、あるいは失意が皆無であったとは言えない。
だからこそ、幾つもの局面において、この最悪は常に最愛だった。
麻白に麻白としての自覚を持たせる。
そして、麻白に自分達のもとに戻ってきてほしい。
玄の父親にとって、それは変わらない概念であり、何処までも繊細な色彩だった。
愛娘を失って変化の無い世界に訪れた色褪せない福音であるかのようだったからーー。




