第五十七章 根本的に虚構戦役の革新①
綾花の中で生じた懸念。
その不安を解消する夜明けが今、綾花の目の前にいる。
「何かあるはずだ。この扉の魔術の施錠を打ち破る手段がな」
輝明は扉を垣間見ながら、鋭く目を細めた。
魔術の本家の者に会って、何を成せばいいのかーー。
その答えは未だ、見出だせてはいない。
だが、輝明は答えなど不要とばかりに、その思考を心中で唾棄する。
身体を打つ魔力の流れが熱を引かせ、周囲を包む風の音は彼の心を鎮めていく。
隠されていた真相を聞かされた時、輝明の心に迷いが生じた。
綾花達と同様の不安と戸惑いもある。
それでも輝明の胸には、戦意がゆっくりと沁み出してくる。
「僕達、『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われている所以はなんだ?」
「……えっ?」
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目」
綾花が答えを発する前に、断定する形で結んだ輝明の意味深な決意。
「それが僕達、『クライン・ラビリンス』の信念だ。その信念を今、この場で成し遂げるだけだ」
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目……」
輝明が導いた未来への指標に対する綾花の迷い。
そこを突くように、輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わった。
「おまえ達はおまえ達の役目を果たせ。僕達は僕達の役目を果たす。それだけのことだ」
「輝明くん、ありがとう」
綾花は拓也達と共に、昂達と合流する手筈を固める。
後方に下がった綾花達をよそに、焔が愉しそうに笑みを浮かべた。
「……ああ、そうこなくちゃな」
そう告げる輝明の口調に、綾花達が抱いているような逡巡や不安の揺れはない。
輝明の振る舞いに、焔は心から安堵し、魔術の施錠を打ち破る意思を固める。
「輝明、おまえは俺が唯一、認めた主君なんだからよ! 全てを覆せるだろう!」
いつもの強気な輝明の言葉に、焔は断固たる口調で言い切った。
「魔術の本家ーー屋敷の者達の虚を突くのは、俺達の役目だ! 誰にも邪魔はさせねえ!」
焔は綾花達が持ちかけてきた助力の提案を一蹴する。
「魔術の本家の者が、俺達を妨害してきたとしても関係ねえ! 俺は阿南家の存在を、魔術の本家の者ども、他の魔術の家系の者どもにーー世間に認めさせたいんだ……!」
理想を心に、けれど歩む道は実力が十分に伴っていないと進めない。
全てを成し遂げるためには、己の掌は余りにも小さ過ぎるのだと知っている。
だからこそ、焔は期待を込めた眼差しで主君である輝明を見つめた。
(魔術の施錠が施された扉。そんな大層な代物、俺と輝明で解錠してやるぜ。これは俺達なりの魔術の本家の者達に対する意地だ)
まるで長き、永き封印から解き放たれたように、焔は両手を広げて空を仰いだ。
「なにしろ、輝明の魔力はあの黒峯蓮馬と黒峯陽向なんかよりも上なんだからよ。……ったく、最高に気分がいいぜ!」
焔は以前、輝明が大会会場で見せた魔力を思い起こして歓喜する。
「輝明は俺が唯一、認めた仕えるべき主君だ。魔術の施錠が施された扉。その解錠くらい出来なかったら話にならないぜ!」
青年は心中で主君である輝明に忠誠を誓いながらも、その表情は凶悪に笑っていた。
「今度こそ、扉を開けてみせる。扉を開けた後、僕は焔と一緒に屋敷の者達の虚を突く。その間、おまえ達は仲間と合流を果たしてこい」
「わ、分かった」
「……うん」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声に、拓也と綾花はたじろぐように退く。
後方に下がった綾花達を背景に、輝明と焔は扉に向かい合う。
「輝明さん達には不可能な事も可能に変える力があるのかもしれないな」
改めて、先を見据えた元樹は案ずるような気配を昇らせた。
拓也はその様子を見て、安堵の吐息をこぼす。
「俺達の懸念は杞憂だったみたいだな」
「ああ、そうだな。俺達はあくまでも舞波達と合流する事に集中しよう。舞波と合流すれば、輝明さん達と離れていても情報を伝え合う事ができるしな」
元樹は昂と合流したら、魔術を用いた作戦の共有を願い出るつもりだ。
昂は以前、陽向の魔術に苦戦しながらも、その方法ーー魔術でみんなに情報を伝達するという離れ業を実行している。
しかし、今回は魔術の本家の者達が妨害に徹するかもしれない。
だが、元樹にはそれに対処するための勝算がある。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦。
玄の父親と陽向の時間を止めるという神業を担ったのは焔だった。
そして、綾花の身に奇跡を引き起こした輝明の未知の力。
魔術の分家とはいえ、阿南家の者達が持つ力は魔術の本家を凌駕する力を秘めているかもしれない。
綾花はこれから共に行動する仲間として、ある決意を固めた。
「輝明くん、焔くん。私のーーううん、私達の身に起きた出来事を聞いてほしいの」
「出来事?」
「なにやら、興味深そうな話だな」
綾花は輝明と焔に今までの経緯を説明する。
瀬生綾花と上岡進。
全ての発端となった昂が用いた憑依の儀式。
その儀式によって、二人は心を融合させる結果になった。
後に、玄の父親の魔術の知識を用いることによって、死を迎えた麻白は綾花の心に宿り、人格を結合させるに至る。
しかし、実質、それは生き返ったともいえなくともないが、不完全な形ともいえた。
だからこそ、玄の父親は自身の望みを通そうと、躍起になった。
綾花に麻白の心を宿らせただけではなく、麻白の記憶を施し、本来の麻白の人格を形成させる。
さらには、綾花に麻白としての自覚を持たせようとしていた。




