第五十章 根本的に花に込めた願い②
幾つもの思惑が絡み合う中、不穏な気配は高まっていく。
「分かった。ただ、舞波は黒峯家の会合に奇襲を仕掛けるつもりだから、そのつもりでな」
元樹が示した快諾の条件に、焔はまるで心を乱したように表情を刻む。
会合に出席するのではなく、会合に奇襲を仕掛けるという奇抜な発想。
予め、その事実を知りながらも、焔は明確に表情を波立たせた。
「奇襲か。へえー、容赦しねぇやり方でいいじゃないか」
「うむ、話が分かるではないか。これなら、会合というものに出席する必要もなく、黒峯蓮馬と黒峯陽向の企みを垣間見ることができるからな!」
焔が自分が考え出した作戦を称えたことに気を良くしたのだろう。
昂はまんざらでもない様子で、自らが考えた作戦の概要を語り始めた。
「やっぱり、すげえ作戦だな」
「ああ」
あまりにも突飛な昂の作戦の全貌に、元樹と拓也は辟易した。
しかし、輝明達は昂の我田引水な作戦に耳を傾ける。
昂の魔術の才能を見出され、黒峯家の会合に集う者達。
魔術の本家の者達を真に知ろうと欲するならば、彼らが主眼に置く者の輪の中に身を置くしかないのだ。
「舞波の奇襲作戦をそのまま、実行するのは厳しいな」
静かに告げる元樹は、既に黒峯家の会合に奇襲を仕掛けることを確定事項としていた。
その揺らぎない自信に呆気に取られつつも、拓也は今までの考察を確信に変える。
「だけど、あの様子だと、舞波は俺達の意見を聞き入れてくれそうもなさそうだな」
「恐らくな」
探りを入れるような元樹の言葉に、拓也の顔が強張った。
「阿南輝明さん達の協力を得たとはいえ、先行きは厳しいな」
「ああ」
そのとらえどころのない昂の行動の不可解さに、元樹はため息をつく。
昂が話した作戦の全貌は、輝明達が加わることで変更が生じる。
手心を加え、黒峯家の奇襲に向けての作戦を組み立てていた輝明は深謝した。
「まずは、急に黒峯家の会合の話を持ちかけて悪かった」
机から立ち上がった輝明は、対面式の来客用のソファの方に腰掛け、綾花達にも座るように勧めてから切り出した。
「魔術の本家について、話しておきたいことがある」
輝明が目配りすると、彼が使役している桜色の髪の少女は丁重に一礼する。
そして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマー達の情報を提示した。
『エキシビションマッチ戦』。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会の個人戦の優勝者、準優勝者、チーム戦の優勝チーム、準優勝チームが挑戦できる大会だ。
だが、『エキシビションマッチ戦』は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイトで公開されず、観戦チケットの競争率も高い。
『エキシビションマッチ戦』に参加したことがある輝明達とは違い、拓也達はどんなプロゲーマーの人達がその大会に参加しているのかは知る方法はなかった。
しかし、阿南家の魔術の使い手が用いる自動人形は、秘匿されたプロゲーマーの情報を得ることに成功していた。
阿南家の魔術の家系の者は生来、魔術の影響を受け付けない。
それと同時に、魔術回路を内臓する自動人形を操る使い手という一面を持ち合わせていた。
人格も意思も持たず、阿南家の魔術の使い手の定められた指示にだけ従う存在。
彼らを使役し、阿南家の魔術の家系の者達は予見どおりに事が進めることができた。
目の前に佇む少女は、輝明が操る自動人形だった。
「由良文月と神無月夕薙。この二人はプロゲーマーであり、魔術の本家の者だ。神無月夕薙は、プロゲーマーになってから間もないが、由良文月に次ぐ実力者と言われている」
「プロゲーマーの人達が、魔術の本家の者なのか……」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声に、拓也の表情が驚きに染まる。
魔術の本家と呼ばれている魔術の家系は、魔術書を管理していた黒峯家のみではない。
由良家と神無月家もまた、魔術の本家の一つとして名高い家系だった。
以前の『エキシビションマッチ戦』で、玄と輝明に勝ったプロゲーマーの中で最強と名高い由良文月。
そして、彼女に次ぐ実力者である神無月夕薙。
輝明は事実を噛みしめるように、確固たる決意を示す。
「僕達が奇襲を仕掛けることになる黒峯家の会合には、由良文月と神無月夕薙も出席する」
吹っ切れたような言葉とともに、輝明はまっすぐに悲壮感に包まれた綾花達を見つめる。
「黒峯家、由良家、神無月家。魔術の本家であっても関係ない」
魔術の本家でもあるプロゲーマー達に抱く、綾花達の心の迷い。
そこを突くように、輝明の真剣な表情が一瞬で漲る闘志に変わる。
「僕達は、僕達のーー阿南家の役目を果たす。それだけだ」
「……ああ、そうこなくちゃな」
そう告げる輝明の口調に、綾花達が抱いていたような逡巡や不安の揺れはない。
輝明の振る舞いに、焔は心から安堵し、意思を固めた。
「輝明、おまえは俺が唯一、認めた主君なんだからよ!」
いつもの強気な輝明の言葉に、焔は断固たる口調で言い切る。
魔術書を管理していた名高い黒峯家の魔術の家系の者達に悪意はなく、他の魔術の家系の者達にも悪意はない。
それでも、本家である黒峯家で行われた議題の話を聞いて放っておいたら、阿南家の沽券にも関わる。
それは、焔が魔術の本家に抱く確かな意地だった。
「由良文月、神無月夕薙。僕達のチームに勝ったことを後悔させてやる」
意思を固めた輝明は、その顔に確かな決意の色を乗せた。
そして、自身が描く想いを幻視する。
「阿南輝明さんって、なんていうか……」
「……うん。すごい人だね」
瞠目する拓也の言葉を繋ぐように、綾花は確かな事実を口にした。
「綾花ちゃん、偉大なる我もすごい存在なのだ!」
「ふわわっ、舞波くん。そんなに強く引っ張ったら、携帯が壊れるよ!」
昂は触発されたのか、輝明の意思に張り合うように自身の意気込みを語る。
期せずして始まった昂の語り口。
跳ね回った勢いで、対面式の来客用のソファが大きく揺れた。
綾花は躊躇いの色を滲ませたまま、ソファに当たり散らす昂のもとへと駆け寄る。
「素晴らしい、素晴らしいぞ、我の奇襲作戦は! まさに我は、綾花ちゃん達を黒峯蓮馬と黒峯陽向の魔の手から颯爽と救う救世主ではないか!」
「……舞波は相変わらずだな」
「……ああ」
昂の熱意がこもった発意に、拓也と元樹は少なからず、驚異の念を抱いていた。
こうして、自身の型破りな作戦が採用された昂は、黒峯家の会合の奇襲への期待に胸躍らせる。
綾花達は己の覚悟を示すが如く、黒峯家の屋敷に向かう運びになるのだった。




