第四十九章 根本的に花に込めた願い①
「……ここか」
昂の部屋の家宅捜索の足跡を掴んだ後、輝明の家に行く約束をした拓也は、綾花達と連絡を取って落ち合う時間を決めた。
だが、輝明の家の前に立った拓也は、自分でも分かるほど、狼狽を顔に漂わせる。
その理由は、至極単純なことだった。
拓也達が赴いた輝明の家は、まさに毒気を抜かれるほどの壮麗な屋敷だったからだ。
「輝明さん達が暮らしている屋敷はすごいな」
「魔術の家系は住んでいる場所も、使える施設も想定外だよな」
冗談のような広さの屋敷を前にして、拓也だけではなく、元樹も目を大きく見開き、驚きをあらわにする。
「陽向くんが入院している総合病院と同様、阿南焔さんが待ち構えているかもしれない。もしくは阿南家の人達が待ち構えているだろうな」
「そんなことはどうでもよい。我のテリトリーの中で、我を二度も無視しただけでも万死に値する」
元樹があっけらかんとした口調で言ってのけると、憤懣やる方ないといった様子で昂がそう吐き捨てた。
「輝明さんの父親は確か、総務省の国務大臣だったはずだ」
「そ、そうなんだな。黒峯蓮馬さんが経済界への影響が強いように、輝明さんのお父さんも政治界への影響力がかなり強い人物なんだな」
元樹の示唆に、拓也はそれとなく阿南家の事情を把握する。
「おのれ……! この案件が終わったら、即刻、黒峯家の会合に奇襲をかけるのだ!」
昂は今回のことを目論んできた魔術の関係者達に歯牙を向けた。
それは彼にとっての揺るぎない決意の表れであった。
玄の父親が経済界への影響力がかなり強い人物であるように、輝明の父親もまた総務大臣ーー政治界への影響力がかなり強い人物だった。
魔術を使うーーその過程に存在した大きな問題。
それは玄の父親と同様に、総務大臣である輝明の父親の手によって秘匿することが出来た。
そうでなければ、輝明達がこのような平穏に満ちた生活を送れるはずもない。
「阿南家の人達は、俺達の訪問に既に勘づいているだろうな。恐らく、屋敷への露払いは行っていると思う。輝明さんに事情を説明すること、会合への奇襲。どちらも魔術に関わる事になるな」
「とにかく、偉大なる我は、黒峯蓮馬達の思い通りにはならないのだ!」
僅かに生じた元樹の躊躇いに、昂は苛立しげに答える。
昂を散々調べた黒峯家の男は、どんな人物なのかは分からない。
ひとつ言えることは、綾花達も玄の父親達さえも、彼の思惑という掌の上で転がされてしまったということだ。
しかし、元樹の心情など露とも知らず、昂は傲岸不遜な態度で自身の主張を訴える。
「我は何が何でも、黒峯家の会合への奇襲作戦を成功させてみせるのだ! そのためには、綾花ちゃん達の協力が必要不可欠なのだーー!!」
「……あのな」
「それだと綾に危険が及ぶだろう」
そう応えながらも、拓也と元樹は次の手を決めかねていた。
陽向の魔術、玄の父親の魔術の知識という特異性だけではなく、元樹達の目線を欺いてきた魔術を使いこなしてくる焔の手腕も侮ることはできないと感じていたからだ。
黒峯家の会合には、魔術の本家、分家、そして魔術に関わる者達が集う。
輝明達がいる阿南家は、綾花達の味方として救いを差し伸べてくれるのか、それとも敵として対峙するのか、それすらも掴めない。
魔術の家系のことを知った今もことごとく、判断材料が少なかった。
「たっくん、元樹くん、舞波くん、すごいね」
屋敷の門にたどり着いた綾花は、感慨深げに視線を巡らせる。
「ああ。屋敷の入口まで来ると、さらに圧巻だな」
拓也の目の前に広がった阿南家の屋敷は、驚きを通り越して感銘を受けた。
綾花達が輝明達に会うために訪れたのは、まさに壮麗な屋敷だった。
豪華絢爛のような美しさを備えている。
表札がある門まで行くと、元樹は緊張を漂わせた様子でインターホンを押した。
「あの、俺達ーー」
「はい、布施元樹様ですね。お待ちしておりました」
インターホンから、使用人と思われる女性の声が聞こえてきた。
綾花達の身元は既に割れているようだった。
落ち着いた女性の声音から、元樹達の来訪は既に阿南家の者達に伝わっているように感じられた。
元樹が簡単に要件を伝えると、微かに軋みを立て、自動で門が開かれる。
「輝明様の部屋は、こちらになります」
女性の眸は期待に溢れ、綾花達の到着を心待ちにしていた事が見て取れた。
綾花達は、女性に案内されながら広い邸宅を進んでいき、輝明の部屋へと急ぐ。
長い廊下を足早で抜け、いくつもの角を曲がった先に輝明の部屋はあった。
「へえー、阿南家の奴らの情報どおり、本当に来やがったか! 最高に気分がいいぜ!」
綾花達が輝明の部屋に姿を見せた途端、その場に居合わせた焔は嘲笑うような仕草でそう言ってのける。
しかし、実際は綾花達の来訪をいち早く察知していた。
焔は阿南家に仕える家系の者だ。
屋敷や屋敷の周辺の警邏なら、幼い頃から何度も行っている。
「輝明さんと……阿南焔さん?」
「拒否は認めねぇ。おまえらが呼ばれている黒峯家の会合。俺達も出席させてもらうぜ」
拓也の疑問に発したのは、提案でも懐柔でもなく、断固とした命令。
「なっ!」
驚愕に満ちた拓也の視線など一顧だにせず、焔は不敵に笑う。
心中で主君である輝明に忠誠を誓いながらも、その表情は凶悪に笑っていた。
「なるほどな。そうきたか」
阿南家の動向を把握した元樹は、状況を改善するために思考を走らせる。
詰まるところ、話し合いと表した黒峯家の会合への同席ということだ。
魔術の分家である阿南家は恐らく、黒峯家の会合には招待されなかったのだろう。
出席者の中には、魔術の本家の者達も揃い踏みだ。
重要な会合の場に、魔術の分家の者達を出席させる必要はないと判断した者もいたはずだ。
だが、賓客として招いた昂達を歓迎するための準備は既に整っている。
その中にたとえ、魔術の分家である阿南家の者達が居たとしても、黒峯家の者達は構わず、昂に関する議題を進めるだろう。
焔の目論見はそこにあった。




