第四十八章 根本的に魔術の本家⑧
「分からないな。どうして、黒峯家の者達は、あの舞波昂という魔術の使い手を熱心に調査しているんだ?」
焔とともに訪れた存在ーー阿南家の家主の息子、輝明は懸念材料を口にする。
輝明が使役している桜色の髪の少女は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の昂のランキングシステム内の情報を提示した。
「確か、舞波昂は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦で遭遇した魔術の使い手だ。そして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の上位ランキング者だったはずだ」
「輝明、どうしてそれを……!」
想定外な発言を耳にしたように、輝明の母親の背中を冷たい焦燥が伝う。
「僕が以前、オンラインで対戦した上位ランキング者の一人が舞波昂という名前だったはずだ。別人の可能性もあったが、当人が話しているのを焔が目撃したからな」
「……っ」
韜晦するようなその輝明の母親の反応が、輝明の言動を裏付ける。
それはオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦前日の出来事。
綾花達は新幹線と列車を乗り継いだ後、今回も準備をかねて、近くにある1年C組の担任の実家に泊まることにした。
朝食を終えた後、綾花と昂の母親の準備が終わるまでの間、拓也と元樹は、1年C組の担任と今回の大会の対策についての会話を交わしていた。
昂は二階で一人、ゲームを堪能しながら、綾花と魔術書を守るための方法を模索している。
これからオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会だというのにゲームを堪能するという昂の有り様。
相も変わらずの昂のマイペースぶりによって生じた異常事態。
昂は輝明に負けて呆然自失となっていた。
輝明の挑戦に焚き付けられて、昂はオンライン対戦を受けたのだが、見事に完敗してしまったのだ。
その後、オンライン対戦を含めた負け戦への雪辱戦を燃やす昂の様子を、幾度も焔が目撃していた。
渦巻く陰謀と魔術が取り巻く異常性。
リベンジに燃える昂が奮闘している間にも、それはこの世界の裏側で蠢いている。
魔術に関わる家系の者ではないのに、魔術を行使する存在。
昂のもとに、焔が赴いた理由。
焔の魂胆を見抜き、焔の祖父は静かな怒りを抱いていた。
「焔。輝明様に、昨日の黒峯家の動きを報せたのか。舞波昂については、儂らも不明な点が多すぎることを分かっておるな……!」
「はあっ? ただ、昨日の黒峯家の動きと舞波昂の動きを報せただけだろうが!」
しかし、焔の祖父の警告など、焔は歯牙にもかけない。
「俺は輝明が一番、強い奴になればいいんだ! そのためなら阿南家の機密情報も輝明と共有するし、何でもするぜ!」
「阿南焔。あなたが輝明を強く信頼しているのは分かります。でも、舞波昂を要に、魔術の本家の動きが活発化してきています……」
「輝明なら、全てを覆せるだろう」
明らかな思考の飛躍があるのに、不自然な確信。
口元には笑みすら浮かべる焔を見て、輝明の母親は不安を交じらせる。
だが、そのことに意識を割いている余裕はなかった。
「あらゆる隔たりも関係ねえ! 俺は阿南家の存在を、魔術の本家の者ども、他の魔術の家系の者どもにーー世間に認めさせたいんだ……!」
それは何の前触れもなく、唐突に焔によって布告される。
焔が発した意味深な発言は、少なくとも阿南家に仕える者達を震撼させるものだった。
「阿南家を認めさせる……?」
阿南家に仕える者達は、焔の話が飛躍しずきてついていけていない。
しかし、焔の祖父は焔の思惑を見据える。
「焔。相変わらず、輝明様の力の開花のために、派手に動いているようだな」
孫の焔が輝明に対して、忠誠のみならず、友誼を結んでいる。
その事実を知っている者は、阿南家の中でもごくわずかだ。
焔は素行が悪いことで知られている。
要らぬことに横やりを入れたりと横暴な態度のところがあり、また一度、決めたことは決して曲げない頑固さを持っていた。
だが、興味を注ぐ輝明に対しては必要以上に干渉し、尽くしたりと、自身の矜持を貫く信念を見せている。
それは焔の家族にとって予期せぬ出来事であり、望外の喜びでもあった。
「それが輝明のためになるんだから、それでいいんだよ!」
焔は抑えようとしても抑えることのできない情動を抱く。
魔術の家系の家主の息子とそれに仕える者の孫。
だが、輝明と焔の関係は、不平等という虚飾を取り払った友誼に基づく。
焔にとって互いの肩書きなど、何の意味も成さない。
それは何よりも美しい美学だと思えた。
輝明に仕える忠臣ーー。
この場所なら、焔はいつまでも自分らしくいられると思った。
「焔、それがおまえの意思なら、それでも良い。だがーー」
奇妙に停滞した心の中で、焔の祖父は念を押す。
「揉め事を起こして、輝明様を巻き込むような大事を仕出かすではないぞ」
「へいへい、肝に免じておくぜ。……一応な」
焔の祖父の毅然とした眼差しと、輝明の母親が見せる真摯な瞳。
その中に隠された不安と戸惑いを、焔は軽い笑いで受け流す。
絶望から解き放たれた焔の望みは、輝明とともに魔術という概念を変容させることだ。
他の魔術の家系の分家ーー付属品で在りたくなくて、阿南家という魔術の本家本元を識ってもらいたくて。
けれど、それは叶わない。
魔術の才に秀でるものは弛まぬ努力だけで、たとえ今からそれを阿南家の家系の者達が積み重ねたとしても、結実するまでには多くの時を必要とする。
人々の視線は魔術の本元へと向けられ続けて、阿南家はこのまま停滞していく。
今のままでは、確実にーー。
だからこそ、焔はこれからの己の目的意識を、輝明のためだけに捧ぐ。
焔の考えを認める者に、阿南家を識る者に、阿南家の家主の息子という存在に全てを賭けていた。
「黒峯家、由良家、神無月家。魔術の本家であっても関係ない」
魔術の本家である黒峯家に抱く分家ーー阿南家の迷い。
そこを突くように、輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わる。
「僕達は、僕達のーー阿南家の役目を果たす。それだけだ」
「……ああ、そうこなくちゃな」
そう告げる輝明の口調に、周囲の者達が抱いていたような逡巡や不安の揺れはない。
輝明の振る舞いに、焔は心から安堵し、意思を固めた。
「輝明、おまえは俺が唯一、認めた主君なんだからよ!」
いつもの強気な輝明の言葉に、焔は断固たる口調で言い切る。
魔術書を管理していた名高い黒峯家の魔術の家系の者達に悪意はなく、他の魔術の家系の者達にも悪意はない。
それでも、本家である黒峯家で行われた議題の話を聞いて放っておいたら、阿南家の沽券にも関わる。
それは、焔が魔術の本家に抱く確かな意地だった。
「大袈裟な事を言いやがって。自分は勝手な事ばかりしているくせに……」
しかし、そんな焔の意向に、不満を漏らす者もいた。




