第四十六章 根本的に魔術の本家⑥
会話が停滞した部屋にて、改めて言葉を発したのは昂である。
「我の偉大な魔術書は誰にも渡さぬ!!」
魔術書が置かれていた本棚を背にして、昂は信じられないと言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。
「我以外に魔術を使える者などおらぬ。おらぬはずなのに、黒峯陽向といい、黒峯家の者達といい、何故、こんなにも魔術を使える者達がいるのだ!」
「ふわわっ、舞波くん!」
ところ構わず当たり散らす昂の様子に、綾花は眸に困惑の色を滲ませる。
元樹は腕を組んで考え込む仕草をすると、魔術書を必死に護ろうとしている昂の様子を物言いたげな瞳で見つめた。
「舞波は意外と焦っているのかもな」
「まあ、確かに、状況が状況だけに困惑しそうだな」
「ああ」
拓也の考慮に、元樹は肯定するように頷いた。
今回の魔術の騒動で生じた疑問を解くために、拓也は敢えて、過去の記憶を掘り起こす。
輝明さんを初めて知った頃。
あの頃は、輝明さんと関わりを持つことになるとは思わなかったなーー。
それだけ、拓也達を取り巻く環境は大きく変容していた。
綾花達が昂の部屋で、今後のことを話し合っていた頃ーー。
昂の情報を収集し、彼を事細かに監視していた黒峯家の者達が集う屋敷で、重要な議題が行われることになる。
玄の父親達が集まるや否や始められたのは、魔術の家系ではないのに魔術を使える少年ーー昂の議題。
それは、予想はしていたものの、やはり気鬱を伴う内容となった。
「昂くんの魔術って、やっぱりすごいんだね」
昂の話題が上がる度に、陽向は感嘆の吐息を零す。
緊迫した議題の場に、陽向もまた、昂と接触した黒峯家の者の一人として、玄の父親達とともに出席していた。
しかし、議題が終わると同時に、陽向の姿が徐々に薄れていく。
事情を察すると同時に、陽向は残念そうに首を振った。
「僕は叔父さんの魔術の知識の力で、この場に顕在化している。僕も昂くんのように、時間に縛られず、自由に魔術を使えるようになりたい」
屋敷の様子を眺めながら、陽向は深く大きなため息をついた。
「『あの人』達は昂くんの家を家宅捜索したみたいだから、昂くんが持っている魔術書について聞きたかったけれど、その時間もないかな……」
徐々に薄れていく自身の姿を確認した陽向は意気消沈する。
「焔くんも、ここにはいないみたいだからね」
陽向は牢乎たる志を持ってそう告げると、やがて、その場に崩れ落ちた。
「陽向!」
「陽向、大丈夫?」
「……父さん、母さん」
陽向の両親の声に反応して、点滴を施されていた陽向はベッドから起き上がった。
真っ白で、でも無機質ではない、残酷なほどに穏やかな空気が流れる病室には、陽向と陽向の両親、そして玄の父親しかいない。
「叔父さん。あの後、僕、時間切れでーー」
「陽向くん、すまない。君に負担をかけてしまったようだ」
陽向の疑問に応える玄の父親の瞳には、複雑な感情が渦巻いている。
陽向は玄の父親達とともに屋敷を出た後、そのまま力尽きて倒れてしまったのだ。
玄の父親は目を伏せると、静かにこう告げる。
「陽向くん。今日は昂くんの議題のために、あの場に出席させてしまってすまない」
「無理はしていないよ。本来の僕の身体は、ちゃんと病室で眠っているから」
陽向にそう不敵に笑いかけられ、玄の父親は困ったように目を細めた。
だが、肝心の陽向は答えを求めるようにつぶやいた。
「叔父さん。今回、僕達を招いた『あの人』は、昂くんに興味を示しているんだよね」
「ああ」
「あの人は、昂くんの魔力を見極めるために動いていたんだよね。僕達に情報を求めたんだよね」
「そうだ」
陽向の打てば響くような返答に、玄の父親は確信に満ちた顔で笑みを深める。
「……そうなんだ。やっぱり、黒峯家の人達にも、魔術の家系ではない昂くんが魔術を使えるのは謎なんだね」
陽向は迷いを振り払うように、玄の父親を見上げた。
「叔父さんに頼まれなくても、麻白は僕の数少ない友達の一人なんだから絶対に連れ戻すよ」
陽向は前を見据えると、昔を懐かしむように明るい笑顔で語る。
「そして、昔みたいに、みんなで一緒に遊ぶんだ。それにーー」
大会会場で目にした輝明の力の淵源。
綾花は輝明の激励により、あかりに憑依しており、なおかつ、時間が止まっているはずの進を呼び起こすという奇跡を発現させた。
あの未知の力は、玄の父親が使う魔術の知識とは根源から異なる力かもしれない。
「僕も、昂くんの魔術にはすごく興味があるから……。もっとも次に会った時は、昂くんの力だけではなく、輝明くんの力も見てみたいな」
陽向は未知数である、輝明の魔術を垣間見ることを望んでいる。
だからこそ、好敵手である昂だけではなく、輝明に興味を示す事も当然の帰結だった。
「陽向くん、ありがとう」
どこまでも楽しそうな陽向を見て、玄の父親は穏やかに微笑んだ。
「陽向くん。私はーー私達はただ、麻白に帰ってきてほしい。帰ってきてほしいだけなんだ……」
「叔父さん……」
拳を握りしめ、苦悩の表情を晒す玄の父親は、明らかに戸惑っていた。
元樹達が綾花を守りたいと願っているように、玄の父親達もまた、麻白に戻ってきてほしいと焦がれている。
すれ違う想いは、綾花達と玄の父親達の間に確かな亀裂を生じさせていた。
その想いが時に自分の枷になり、絶望を生む基になる事を知りながらも、玄の父親は今もなお、歪んだ思想を深めている。
「社長」
遠慮がちな声をかけられて、玄の父親は、陽向から病室に入ってきた美里へと視線を向ける。
「そろそろ、病院の面会時間が終わります。先生方が戻ってくる頃合いかと」
「……分かった。今日は陽向くんの疲弊が大きい。作戦を立て直すためにも一度、会社に戻ろう」
「かしこまりました」
玄の父親の指示に、美里は丁重に一礼する。
そして、玄の父親は美里を伴って、陽向の病室を後にしたのだった。




