第四十三章 根本的に魔術の本家③
昂の家の家宅捜索に乗り出してきた黒峯家の者達。
改めて、状況を踏まえた元樹は、先程から抱いていた疑問を口にする。
「やっぱり、舞波のことを調べるために家宅捜索へと乗り出してきたか」
「元樹、どういうことだ?」
拓也の疑問を受けて、元樹は感情を抑えた声で淡々と続ける。
「陽向くんの目的は、舞波の持っている魔術書だ。黒峯蓮馬さんの目的は綾をーー麻白を手に入れることだ。そして、黒峯家の人達の目的は未知数の魔術の使い手である舞波の存在を調べることだ。恐らく、舞波の家を調べることで、舞波が持っている魔力の源力を知ろうとしているんだろうな」
「黒峯蓮馬さんの魔術の知識によって、顕在化している陽向くんはかなり強力な魔術を使っていたよな。それでも、黒峯家の人達にとって舞波の持っている魔力はそんなに魅力的なものなのか?」
「ああ。間違いないだろうな」
拓也の言葉に、元樹はきっぱりとそう答えた。
それは、仮定の形をとった断定だった。
「だからこそ、舞波の部屋に残されている魔術に関するものを証拠物件として押収することで、舞波の魔術の本質に触れようとしているんだろうな」
「そんなことはどうでもいい! このままでは、我の部屋が再び、警察という者達に荒らされてしまうのだーー!!」
元樹の言葉を打ち消すように、昂は頭を抱えて虚を突かれたように絶叫する。
「こうなったら、魔力を振り絞って、警察という者達と全面的に戦ってやるのだ!!」
「おい、昂!」
昂は得意げにぐっと拳を握り、天に突き出して高らかにそう言い放つ。
いつもの昂の態度に、綾花はーー進として振る舞っている綾花は対応に追われた。
昂の家の園庭。
深き緑の彩りが視界を覆い、芳しき花々の香りが感じられる。
そんな穏やかな日常を裂くように、警察官達の靴底は急くように地面を蹴り、家宅捜索の物音が耳に届いた。
「はあ……。魔術か」
荒々しい喧騒の中、拓也は静かにそう告げると、顎に手を当てて真剣な表情で思案し始める。
「だけど、元樹。警察が理由もなしに、舞波の部屋を調査するのはいくら何でもやり過ぎじゃないのか?」
「いや、舞波は頻繁に問題を起こしているし、警察が立ち入る理由はそれなりにあるんだろうな。でも、俺もやり過ぎだと思う。だから、少し小細工させてもらったんだよな」
探りを入れるような元樹の言葉に、拓也の顔が強張った。
「小細工って、もしかして舞波の部屋にある魔術書を回収しているのか?」
「ああ」
拓也が発した疑問に、元樹は意味ありげな笑みを浮かべる。
「舞波のおばさんに頼んで、舞波の魔術書を別の場所に運んでもらったんだ」
「「ーーっ」」
「むっ!」
元樹の思いもよらない言葉に、拓也と綾花は不意をうたれように目を瞬く。
そして、警察と魔術書を賭けた全面対決に挑もうとしていた昂が、元樹の言葉に弾かれたように顔を上げた。
「別の場所に運んでもらった?」
「ああ。今回、黒峯家の人達が舞波の捜査をしていることが分かっていたからな。俺達がいない間に、黒峯家の関係者が舞波の家を訪ねてくると思ったんだ」
拓也が黒峯家の者達の目的を見計らっていると、元樹は眉を寄せて腕を頭の後ろに組んでから話を続ける。
「まあ、回収したのは魔術書だけだから、舞波は納得いかないかもしれないけどな」
「当たり前なのだ! 我は納得いかぬ!」
あくまでも事実として突きつけられた元樹の言葉に、昂は両拳を振り上げて憤慨した。
「今すぐ、警察署に乗り込んで、黒峯家の者達と天下分け目の戦いに挑むべきだ!!」
「おまえは警察に捕まりたいのか?」
昂の抗議に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。
「ひいっ! あ、綾花ちゃん、警察から我の部屋を守るためにも、今すぐ我を助けてほしいのだ!」
「……っーーふわっ、ちょ、ちょっと、舞波くん」
それだけを言い終えると、ついでのように昂が綾花を抱きついてきた。
その驚愕の反動によって、綾花の口振りが戻る。
「おい、舞波! どさくさに紛れて、綾花に抱きつくな!」
「おまえ、勝手なことばかりするなよな!」
「否、我なりのやり方だ! そして、我は綾花ちゃんから離れぬ!」
ぎこちない態度で拓也と元樹と昂を見つめる綾花を尻目に、拓也と元樹は綾花から昂を引き離そうと必死になる。
だが、昂は綾花にぎゅっとしがみついて離れようとしない。
「ううっ……」
そんな中、激しい剣幕で言い争う拓也と元樹と昂に、綾花は身動きが全く取れず、窮地に立たされた気分で息を詰めていた。
こうして、昂の部屋は、黒峯家の者達に関わる警察官達によって隅々まで調査が及んでしまったのだった。
その事実は、当面は問題を順繰りに片付けていけば良い、と言う男の地盤がどうにか確保出来たとも言えた。
幾つもの思惑が絡み合う中、不穏な気配は高まっていくのだった。
警察による家宅捜索が終わりを迎えた頃ーー。
暴走気味だった昂がようやく落ち着きを取り戻したところで、綾花達は昂の部屋で黒峯家の者達が捜索した痕跡を探していた。
「……どこも当たり障りのないことしか調べていないか。元樹の方はどうだ?」
一息ついた拓也は腰を降ろすと、額に手を当てて困ったように肩をすくめてみせる。
「魔術書は別の場所に移動していたから、調査範囲からは除外されていたみたいだけどさ。舞波が生み出した魔術道具の方は、しっかりと調査されてしまったみたいだな」
「……っ」
元樹がきっぱりとそう告げると、拓也は悔しそうにうめく。
「その様子では、我が生み出した魔術道具ーーまだ使っていない秘蔵品まで調査されてしまったようだな……。おのれ~、黒峯家の者達め!」
悲憤の熱に侵されながらも、昂は憤りをあらわにした。
「くっ……」
「ーーっ」
昂の屈辱を込めた嘆きに、拓也と元樹は苦虫を噛み潰したような顔で辟易する。
きっかけは些細なことで、綾花達に罪と呼べるようなものなど何一つ見当たらない。
しかし、そんな彼女達を嗤いながら、理不尽を突き付ける何某かの存在をーー拓也達は今だけ幻視した。




