第四十一章 根本的に魔術の本家①
悪意は形となり、彼を襲う。
彼が生じた異変と違和感は、周囲の黒峯家の者達にまで広がりつつあった。
監視対象である舞波昂。
昂がもたらしたとされる一連の騒動。
散発する波乱の数々は調べても切りがなく、黒峯家の者達は各々、情報の整理に追われている。
「ペンギンの着ぐるみには、魔力の源力は宿っていなかったか……」
黒峯家の者達から伝えられたその情報は、決して歓迎出来る類のものではなかった。
ペンギンの着ぐるみに力が宿っていなかったと言う事は、一つの問題証明に解が示されたに等しい。
「舞波昂くん。君に宿る魔力の根源は、ペンギンの着ぐるみとは関係なかったようだな」
男は忌々しそうに眉をひそめる。
そんな中、彼は強い悪意に似た不穏な気配を感じ取る。
同時に、複数の影が闇の向こうで揺らめく。
「他の魔術の家系の者達も動き始めたようだ。調査を急ぐ必要があるな」
男は席を立ち、部屋から立ち去る。
室内に揺蕩う闇は最早、何者の意志も湛えてはいなかった。
綾花達が昂の身辺調査を行っていた頃、玄達もまた、黒峯家の会合の動向を探っていた。
玄の父親は、今日は午後から仕事に赴く為、今はマンションに居る。
玄の父親は朝食を終えると、すぐに書斎に入り、ドアの鍵をかけた。
あまりに自然かつ素早いその反応に、玄は不信感を強める。
『父さんが告げた内容を踏まえて、黒峯家の会合について調べよう』
大輝にメールを送り、玄は自分の部屋に戻ると、パソコンに表示された魔術の詳細情報を油断なく見つめる。
元樹から、黒峯家の者が昂に接触してきたという今回の一連の流れを聞き及んでいた。
『魔術の情報を集めれば、何か分かるかもしれない』
元樹と改めてメールのやり取りをした後、玄が大輝に提案したのはなりふり構わない直接的な手段だった。
『玄、見つかりそうか?』
『いや、魔術の情報はたくさんあるが、父さんが告げていた黒峯家の会合については何一つ分からない』
大輝からのメールに、玄はパソコンのモニター画面に映し出されている、魔術の情報を一つ一つ的確に確認しながら返信を送る。
その内容のほとんどは、一般的な魔術の定義によるものだった。
魔術は、魔法と同意義。
はたまた、魔法と魔術は根本的に異なる事柄だと記述されているものもある。
『それにしてもまさか、俺達がネットで黒峯家の会合の事を調べる事になるなんてな。実際に何度も魔術を使っている場面を見ているけれど、魔術を使える存在がそんなに沢山いるなんて信じられないよな』
『ああ』
大輝の呆れたようなメールの内容に、玄は頷くとパソコンの画面を再び、真剣な眼差しで見つめた。
父さんが使える『魔術の知識』。
それは、陽向達が使っている魔術とは根本的に異なる。
陽向達が使っている魔術は、陽向達の魔力、または陽向達が産み出した魔術道具を使うことによって事象を変革するものだ。
だが、魔術の知識は、世界の記憶の概念の一部を書き換えて、事象そのものを上書きしたりすることができる。
『魔術が事象を変革する力なら、私が使う魔術の知識は事象そのものを上書きする力だ』
それはかって、父さんが麻白に語った魔術の知識に纏わるもの。
魔術の本家である黒峯家には、あらゆる魔術の伝承がある。
加えて、黒峯家の人間は魔術に関して何かしらの知識を持っている。
黒峯家が魔術の本家である由縁、それは何かーー?
玄のその問いは論理を促進し、思考を加速させる。
そうして、導き出された結論は、玄が今の今まで考えもしない形をとった。
『大輝、陽向達の使う魔術は一線を画す強さを誇っている。もしかしたら、魔術の本家の者達は魔術の根源に繋がる家系なのかもしれない』
『なっ!?』
絶句する大輝を尻目に、玄は最悪の予想を確信に変える。
「黒峯家の内部を調べる事で、父さんが告げた事、そして黒峯家の会合について近づけると思う」
玄が発した意味深な発言は、少なくとも大輝を震撼させるものだった。
今回、黒峯家の者が昂に接触し、なおかつ彼を黒峯家の会合へと誘った理由。
その謎は、綾花達が昂の足取りの調査を終えた後も、玄と大輝に禍根を残していた。
それは夢だった。
彼はーー黒峯蓮馬はその事実をよく知っていた。
この夢を見るのは二度目なのだから。
同じ夢を夢想すること、それは変事を知らせる先触れのようなものだと玄の父親は思考を巡らせる。
その夢は、麻白を失ったばかりの頃に見た儚い夢だった。
自然公園のアスレチック広場で、幼い息子と娘が遊んでいる。
息子は、母親譲りの濃く綺麗な黒い髪が太陽の光によって煌めいていた。
息子はーー玄は辿々しく歩いている幼い娘ーー麻白の手を取ると、妹を守るように率先して前を歩いている。
玄の後を必死についてきているーー赤みがかかった髪の少女、麻白は一見、どこにでもいるような普通の少女だった。
彼女は玄の父親達を見て、喜色満面に手を振る。
それは、見ている方も自然と笑顔になってしまうような可憐な顔立ちだった。
まるで開き始めた蕾のように、ほんわかとした愛らしさがある。
その温かな光景を、玄の父親と玄の母親はお互い心配しながらも、穏やかな表情で彼らを見守っていた。
それは、彼がいつまでも見ていたいと望んでしまうような、美しい幻想だった。
そして夢は、彼らがーー玄と玄の父親が嘆き悲しんでいる光景に変わった。




