第三十六章 根本的に焔の灯し④
現在、魔術に関する阻害は、昂の魔術か、魔術道具を持っている元樹しか対処する手立てがない。
それは言い換えてみれば、魔術道具を使える条件であり、様々な魔術を扱う昂を封じれば、綾花を捕らえることは容易いともいえた。
もし、昂の魔術を封じられた場合、魔術で生じる阻害を防ぐ手立てがない。
玄の父親達によって、容易に事が成されてしまうだろう。
それらの難題を解くために、元樹は思考を深める。
「先生達の助力で、舞波は通信制の高校に行く事が出来る。だけど、万が一の場合に備えて、急いで手続きを済ませた方がいいかもしれないな」
「……そうか」
真剣な眼差しでそう告げた元樹を見据えて、拓也は複雑な表情を浮かべた。
「心配するなよ、拓也。状況は最悪かもしれないけどさ。俺達は今、こうして新たな情報を得ているんだからな。今回の騒動が落ち着き次第、輝明さんに会いに行こう」
「……そうだな」
元樹の確固たる意志に、拓也は真剣な眼差しで綾花を見つめる。
綾花がまた、綾花としていつでも笑えるように、と拓也達は心から願った。
そして、それは輝明に会うことによって、叶えられると信じている。
「次々と新たな問題が浮上してきているよな。昨日の件といい、阿南焔さんを始めとした魔術の家系の人達が、これから俺達に接触してきそうだな」
「そうだな」
魔術の家系の者達の魂胆を見抜き、元樹と拓也は事の重さを噛みしめる。
もしかしたら、輝明さん達も黒峯家の会合に関わってくるかもしれないーー。
何とかして、早めに輝明さん達と会う必要があるな。
元樹は長丁場になるのを覚悟した上で、昂の魔術によって発生した事態の収拾を図る。
だが、この時の元樹の予想は悪い方向に裏切られた。
阿南家の者達だけじゃない。
他の魔術の家系の者達も、魔術の本家の一つである黒峯家の会合に関わってくる事になったからだ。
これは黒峯家の者達が調べ上げた、今朝の昂の様子を纏めた報告書の一部である。
「うむ、美味いな」
ペンギンの着ぐるみを着た昂は、自動販売機で買ったペットボトルを口に運ぶとなんとも幸せそうな表情を浮かべた。
「綾花ちゃんの愛らしい姿を見た今、あとは綾花ちゃんとデートのお誘いをすることができれば言うことないではないか」
昂は夢見心地のような表情を浮かべて、うっとりと言葉を続ける。
駅のホームのベンチに堂々と居座るペンギンの着ぐるみを着た少年。
それはあまりにも怪しい格好で、行き交う人々の視線を集めた。
駅員が注意喚起に行ったにも関わらず、昂は当然のようにふんぞり返っている。
「むっ、こうしてはおれん!、早速ーー」
綾花ちゃんの後を追わねば!
階段を颯爽と駆け上がり、昂が改札口を強引に突破しようとしたところで、駅員から呼び止められた。
「君、ちょっと待ちなさい!」
「むっ、な、何なのだ? 我は決して怪しい者ではないのだ!」
「切符か、乗車券、定期券などをお願いします。それに構内で着ぐるみを着るのは、他の方のご迷惑になりますからお止め下さい」
駅員が注意を促しても、昂は怯むことなく、鋼の意志で言い放つ。
「このペンギンの着ぐるみは、我の正装の一つだ。脱ぐわけにはいかないのだ!」
駅員の制止に、昂はあくまでも自身の身なりを正当化する。
そして、それを妨害してきた駅員に対しては徹底抗戦の構えを取る姿勢を見せた。
黒いコート姿と並び、ペンギンの着ぐるみは昂の正装になりつつある。
「……とにかく、その着ぐるみは脱いで頂きます」
「我がそのような申し出に応えるわけなかろう!」
駅員が警戒を払う一方で、不穏な気配を感じ取った数名の駅員達が昂のもとに駆け寄ってくる。
あっという間に囲まれた昂は、彼らによってあっさりと捕らえられてしまう。
「こ、これでは、我の正装が脱がされてしまうではないかーー!!」
駅員達から行く手を遮られ、昂はうめくように叫んだ。
なおも逃走を図ろうとするが、駅員達に完全に囲まれていて、とても逃げられないことを悟り、昂はがっくりとうなだれたのだった。
珍妙な騒動とともに次々と上げられる報告の数々に、男は表情を強張らせる。
訳が分からない。
あのような珍妙な格好で何故、あれほど強力な魔術を行使するのか。
知っているはずの駅の光景なのに、全然知らない未知の場所みたいで途方に暮れるのは何故か。
「それにしても、ペンギンの着ぐるみか。あの着ぐるみには彼の魔力を高める作用があるのかもしれないな。回収する必要がありそうだな」
報告書を眺めていた男の眸に慷慨の熱が篭った。
あの着ぐるみを着れば、魔術の知識を使う玄の父親を欺くことができるかもしれない。
「舞波昂くん。何故、君はあのような着ぐるみを着ているのか、知りたい」
穏やかな微笑はかなぐり捨てて、男のその目が見開き、怨嗟に燃える。
もちろん、昂がペンギンの着ぐるみを着こなしているのは、想い人である綾花を喜ばせるためだった。
だが、男は隠蔽工作を用いていると信じ、その事実に気づくことはなかった。
「元樹、これからどうする?」
「舞波の分身体達が暴走した日から今までの舞波の足取りを辿ってみようと思っている。舞波に携帯を渡した相手の特定にも繋がるだろうしな」
拓也の問いに、元樹は間一髪入れずに即答する。
「黒峯家の人なら、俺達の裏をかいてきそうだな」
拓也は深刻な面持ちで、玄の父親達と繰り広げた魔術による争奪戦を思い起こす。
「元樹、まるで黒峯家の人達によって、俺達の行動が監視されているみたいだな」
「ああ。昨日の電話の相手といい、黒峯家の人達は既に俺達の情報を把握しているのかもしれないな」
拓也が抱いた疑問に、元樹は状況を照らし合わせながら応える。
「俺達の情報を……?」
「黒峯蓮馬さんと陽向くんは綾にーー麻白に興味を示している。だが、黒峯家の人達は舞波の魔術に着目している。だからこそ、綾と舞波、そして綾達に深く関わる俺達の情報を収集しているんだろうな」
拓也の躊躇いに応えるように、元樹は今までの謎を紐解いて推論を口にした。




