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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術深淵編
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第三十四章 根本的に焔の灯し②

機は満ちたなり。

先程までの不安を一蹴し、昂は不敵な笑みを浮かべる。


「我を知っているということは、貴様、我の熱烈なファンであろう」


無策無謀、愚の骨頂。

それらと縁の深い昂は的外れな意見を口にしながら、携帯に対して攻撃態勢を整える。

熱涙、滂沱の涙を促す昂の語り口を無視して、男は本題へと入った。


『もうじき黒峯家の会合がある。君にその会合への出席を願い出たい』


昂と接触を試みてきた相手の申し出に、元樹は思考を深める。


この人は、黒峯家の人なのかもしれないな。


元樹は今回、昂に連絡を取ってきた相手へと着目する。

電話の主が、黒峯家の者ーー。

それは、仮定の形をとった断定だった。


玄の父親は恐らく、綾花をーー麻白を危険が及ぶかもしれない会合に出席させるつもりはないだろう。

それでも万が一、今の麻白の存在に興味を抱いた者が会合への出席を願い出る可能性があった。


『もちろん、ただではとは言わない。昨日、君が招いた不始末はこちらで対処させてもらった。警察からお咎めを受けることはなかっただろう』

「おおっ……!」


予期せぬ発言を聞いた瞬間、昂は歓喜の色を浮かべた。

まさにご機嫌の極みにある。


「素晴らしい、素晴らしいぞ、その会合というものは! まさに、我を警察の詰問から颯爽と救う救世主ではないか!」

「あれだけの騒ぎを引き起こした舞波の過失を不問にする相手ーー」

「もちろん、黒峯家の方です」


曖昧だった思考に与えられる具体的な形。

独り言じみた1年C組の担任の呟きに応えたのは、昂でもなく、電話の主でもなく、全くの第三者だった。

驚きとともに振り返った1年C組の担任が目にしたのは、見覚えのある女性だった。

1年C組の教室に入ってきた人物ーー、それは玄の父親の秘書である美里だった。


「舞波昂くん、選びなさい。このまま、警察の事情聴取を免除してもらう代わりに、黒峯家の会合に出席するのか。それともそれを拒み、私達の助力を得て不始末を解消する代わりに、2年B組の瀬生綾花さんを私達に引き渡すのかを」

「ひいっ! な、なんなのだ、黒峯蓮馬! その恐ろしい取引はーー!!」


予想もしていなかった衝撃的な取引に、昂はひたすら頭を抱えて絶叫する。

どちらも選ばないという選択肢は、昂の思考の俎上には上がらなかった。

昂は俎上の魚のように動転していた。


「待って下さい!」


あまりにも想定外なことが起こると人は唖然としてしまうものだが、1年C組の担任はまさに自分の目を疑った。

自分の教え子が今、危険性の高い場所へ招かれるという危機に直面しているだけではなく、不当な取引を持ちかけられている。

1年C組の担任は思わず、唇を噛みしめると、やり場のない苛立ちを少しでも発散させるために拳を強く握りしめた。


「会合に出席するのかは、舞波自身が決めることです」


1年C組の担任の言葉は、昂に向けられたものだった。

1年C組の担任が必死に言い繕うのを見て、我に返った昂は追随するように首を縦に振る。


「う、うむ。我はその手には乗らないのだ!」

「では、どうしますか?」

「我は、黒峯家の会合に奇襲を仕掛けるのだ!」


核心に迫りそうな美里の疑問に、憤懣やる方ないといった様子で昂は吐き捨てた。


「奇襲……ですか?」

「うむ。これなら、会合というものに出席する必要もなく、黒峯蓮馬と黒峯陽向の企みを垣間見ることができるからな!」

「なっーー」


会合に出席するのではなく、会合に奇襲を仕掛けるという奇抜な発想に、美里は明確に表情を波立たせた。


「すげえ作戦だな」

「ああ」


あまりにも突飛な昂の作戦の全貌に、元樹と拓也は辟易する。

美里の驚愕に応えるように、1年C組の担任は呆れながらも続ける。


「舞波は私の生徒です。たとえ、通信制の高校に転校することになっても、それは変わりません」

「おおっ……。さすが、我の先生なのだ!」


きっぱりと告げられた言葉に、昂は嬉しくなってぱあっと顔を輝かせた。


「分かりました」


美里はそう告げると、表情を消して昂を見る。


「舞波くん」

「むっ?」

「その選択、後悔しないで下さい」


ぽつりぽつりと続けられた言葉は、またしても昂達の理解を超えていた。


後悔……?

どういう意味だろうか。


1年C組の担任の脳裏に、あらゆる不測の事態が駆け巡る。


「我が、後悔などするはずがなかろう!」


昂は美里の弁解をはね除けるように、拳を突き上げながら地団駄を踏んでわめき散らした。

その隙に、美里は1年C組の教室を立ち去っていく。


「おのれ~! 逃げるとは卑怯ではないか!」


ますます意気込んだ昂が携帯を放り投げたものの、通話はそこであっさりと切れ、後には虚しい空電音だけが残された。


「電話の主は一体、誰だったんだろうか?」


状況がいまいち呑み込めず、拓也は苦々しい顔で眉を顰めるしかなかった。






先程の美里の台詞はどういう意味なのか。

1年C組の担任がいくら訊いても、美里は一切反応しなかった。

唯一、麻白の話をした時にだけ表情を動かしたが、結果は同じだ。

美里は校長と会話を交わした後、そのまま湖潤高校を去っていった。

1年C組の教室で改めて、綾花達、そして1年C組の担任の全員で話し合っても答えは出なかった。

とにかく、相手の出方を見るよりほかにない。

そういう結論に至った翌日の放課後、昂は日課の補習勉強のために湖潤高校に出向いていた。

しかし、訪れると同時に、校内放送で職員室へと呼ばれる。

そこで不可解な話を切り出された昂は、美里が最後に口にした言葉の意味を理解した。


「おのれ……、黒峯蓮馬め。黒峯家の者達め」


1年C組の教室に戻った昂は一人、席につくと悔しそうにうなっていた。

昨日、昂が意図したとおりに、奇襲作戦を呈示することで、玄の父親の策略から難を逃れることに成功した。

その点では、昂達の目論見はほぼ成功したと言えるかもしれない。

しかし、である。

ひとつだけ、昂達が見誤っていたことがあった。

それは、昂が会合の誘いを断った場合に起こりうる、最も最悪な出来事を想定していなかった、ということだった。


「あれでは、我に拒否権がないではないかーー!!」


昂は悲壮な叫びは、誰もいない1年C組の教室に木霊していた。

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