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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術深淵編
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第三十一章 根本的に灰の街に青が降る⑦

「……むにゃむにゃ、父上、魔術書の力はすごいのだ」

「舞波昂くん。今がどういう状況なのか、分かっているのか?」


昂は取調室の机に突っ伏したまま、至福の表情を浮かべていた。

囈言(うわごと)のように、何やらぶつぶつと漏らしている。

その様子を目の当たりにした警察官達は、剣呑な眼差しで昂を睨みつけた。


「……分かっているのだ。我の魔術書は誰にも渡さないのだ」

「今朝の件について、詳しい事情を話してもらいたいのですが……!」


しかし、夢の中にいる昂は、いまだに状況を把握していない。

被害者の綾花の訴えと元樹の機転により、昂は今回、警察署に呼び出されながらもお咎めはなかった。

さらに1年C組の担任と理事長である汐の根回しによって、通信制高校への入学に不利になることはない。

だが、警察官達は一向に事情を話す気配のない昂の様子に、はらわたが煮えくり返る思いだった。


『うむ。先生はやはり、我の救世主なのだ!』


昂が以前、発したその言葉どおり、1年C組の担任と理事長である汐は昂達の救い主となってくれた。

昂の父親は現在、昂が行くことになる通信制高校で働いている。

教員免許を持っていなかったが、理事長である汐の計らいによって職に就いていた。

昂も謝罪文を書き終えて、何とか通信制高校に行くことが出来る手筈が整っている。

だが、今回の問題が大事になったら、それも水の泡だろう。


「綾花ちゃん、琴音ちゃん、あかりちゃん、麻白ちゃん、全ての綾花ちゃんを……黒峯蓮馬と黒峯陽向の手から護り抜いてみせるのだ……」

「舞波昂くん、いい加減に起きなさい!」


唯我独尊な昂が放つたどたどしい寝言に、警察官達は全身から怒気を放つ。

その声は、言葉とは裏腹にいっそ優しく、取調室に響いたのだった。






その日は何かしら不穏な空気に満ちていた。

昂の分身体達の謎の暴走。

魔術を使った帳本人であるはずの昂が、自身の分身体を消すことが出来なかった不可解な事実。

それは、魔術の関係者の何らかの介入があったことを思わせるような複雑怪奇な出来事。

ただの昂の魔術の暴発によって生じた現象。

そう一笑に付せないだけの経験を、拓也達は現在進行形でしている。

だが、拓也と綾花は放課後、それを遥かに凌ぐ現象を目の当たりにしていた。


「おまえは一体、何がしたいんだ?」


かたことと揺れる列車の車内で窓の外を通り過ぎる住宅地やショッピングモールなどの景色を眺めながら、拓也は拳を強く握りしめた。


「ううっ~」


その後ろで、綾花は身を縮めながらも、懸命に拓也と同じ手すりに掴まる。

やがて、僅かに不安そうにーーだけど、それに触りたそうに目を向けた。

拓也は不満そうに額に手を当てると、薄くため息をつく。


「何故、そんな格好でここにいる?」


拓也の問いかけに、その人物ーー昂はこの上なく不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「前に告げたであろう! 綾花ちゃんが行くのなら、どこにでも我は行くと! 綾花ちゃんの帰宅時間は前もって、下調べ済みだ!」

「……そういうことじゃない」


居丈高な態度で大口を叩く昂に対して、拓也は低くうめくようにつぶやいた。


「何故、また、そんな格好で、列車内にいるんだ!」


拓也の目の前で腕を組んでいる昂は、いつもの私服や黒いコート姿ではなく、何故かペンギンの着ぐるみを被っていた。


「決まっているではないか! ようやく先程、今朝の事情を説明し終えたのでな。改めて、今朝の件を警察に詰問されないためのカモフラージュというものだ! それに、久しぶりに綾花ちゃんの好きなペンギンの格好をしたかったからな!」


昂は自身の主張を強調するように、綾花に向かって無造作に片手を伸ばす。

昂の物言いは相変わらず、尊大不遜な態度が際立っている。


「つまり、おまえは俺達が帰宅するまで、その姿でいるつもりなのか?」

「もちろんだ!」


拓也の懸念材料に、昂はますます誇らしげに胸を張った。

昂はまるで己を奮い立たせるように、自身の弁を継げる。


「このペンギンの姿でならば、警察の目を欺くことなど容易いであろう! なおかつ、先生や母上達も今朝の件を再び、問いただしてくることはなかろう!」

「別のことで、呼び出しを受ける可能性は高いけれどな」


昂はペンギンの着ぐるみを身に纏ったまま、拳を振り上げてやる気を(みなぎ)らせる。

拓也が口にした忠告など、昂はどこ吹く風だ。


「そんなことよりも綾花ちゃん。今朝の件を解決に導くためにも、布施元樹と合流して今後のことを話し合うべきだ!」

「やけにやる気だな?」


混迷を極めた昂の発言に、拓也は唖然とした顔で聞き返す。


「我の魔術を封じる者など、黒峯陽向しか考えられないからな!」

「もしくは、阿南焔さんを始めとした他の魔術の関係者達かもしれないな」

「……うん」


昂の悲哀を込めた訴え。

拓也と綾花は敢えて、昂の意見を重く受け止める。

玄の父親達の動向といい、気がかりが残る案件が続いていた。






高校の下校時間が過ぎた頃ーー。

昂が招いた問題の対処に追われながらも、綾花達はようやく安息を得ていた。

綾花達が改めて、今朝の件について話し合おうとしいた頃、阿南家では看過し難い情報が届けられていた。


「黒峯家の会合で話し合われることになる議題。魔術に関わる家系の者ではないのに、魔術を行使する舞波昂という存在。黒峯家にとって、彼はよほど興味深い存在なのかもしれない」


霧雨も止み、屋敷の向こうでは雲の綻びから青空の一線が覗いていた。

幽かな空色は未だ明るくも、彼女のーー輝明の母親の周囲の空気は湿り、重たく敷居に被さっている。

何故なら、屋敷には、異質とも呼べる阿南家の魔術の家系の者達が集っていたからだ。


「……あなたの孫は何故、昨夜も、私の許しもなく、黒峯陽向のもとに行ったのですか?」

「お嬢様、孫の身勝手な行動、お許し下さい。ですが、黒峯家は、我が阿南家と同じ魔術の家系。黒峯陽向のもとに赴き、会合の動向を探っておくことに越したことはございません」


頭を下げていた焔の祖父は、そこで意図的に笑みを浮かべる。


「黒峯家の会合。そこで、何かが行われるのは間違いないでしょう」

「黒峯陽向のもとに、黒峯蓮馬が居た場合はどうしていたのですか?」


顔を上げた焔の祖父は、輝明の母親の追及を受け止める。

彼女が見せる真摯な瞳。

その中に隠された不安と戸惑いを、焔の祖父は甘んじて受け止めた。

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