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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術深淵編
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第三十章 根本的に灰の街に青が降る⑥

拓也達が状況を示唆しているその様子を、不敵な笑みを浮かべて見つめている者がいた。

昨日、綾花達が遭遇した焔である。


「井上拓也と布施元樹だったか。……ったく、あいつらは厄介そうだぜ」


昨夜、総合病院で遭遇した拓也と元樹の姿を掘り起こして、焔は不満を暴露した。


「……そして、舞波昂。黒峯家の連中が一目置いている存在か。無茶苦茶な魔術の使い方だが、確かに新たな魔術を産み出しつつも、それらを上手く使いこなしているな」


昂に対して愚痴りながらも、焔は次の手を決めかねていた。

魔術の使い手という昂の特異性だけではなく、魔術道具の使い手である元樹の手腕も侮ることはできないと感じていたからだ。

焔は暗中飛躍する。

距離を保ちながらも、湖潤高校へと向かう綾花達の後をつけていった。


いずれ訪れるーー綾花達と輝明の邂逅。

それは新たな魔術の開戦を知らせる文字どおりの嚆矢こうしになるはずだった。


「輝明のーーあいつの魔力、あの黒峯蓮馬と黒峯陽向だけではなく、黒峯家に一目置かれている舞波昂なんかよりも上なんじゃないか。……ったく、最高に気分がいいぜ!」


焔はがらんどうの場所で、昨日の出来事を思い起こして歓喜する。

まるで長き、永き封印から解き放たれたように、焔は両手を広げて空を仰いだ。


「輝明は俺が唯一、認めた仕えるべき主君なんだからよ。あいつらより、弱かったら話にならないぜ!」


焔は心中で主君である輝明に忠誠を誓いながらも、その表情は凶悪に笑っていた。


玄の父親が使える魔術の知識(アカシックレコード)


それは、昂達が使っている魔術とは根本的に異なる。

昂達が使っている魔術は、昂達の魔力、または昂達が産み出した魔術道具を使うことによって事象を変革するものだ。

だが、魔術の知識は、世界の記憶の概念の一部を書き換えて、事象そのものを上書きしたりすることができる。


陽向が掲げる魔導書、『アルバテル』。


玄の父親に自身の願いを口にしたその瞬間、陽向は魔術を使えるようになった。

玄の父親の魔術の知識によって、自身の魂を魔術書に媒介することで一時的に顕在化することができた陽向は、自らが魔術を使えるようになったことをすぐに理解した。

本来の肉体はそのままに、自身の魂が宿った魔術書によって顕在する存在。

そして、魔術書に記載された魔術を行使することができる存在。


魔導書、『アルバテル』ーー。


陽向は、その不可解な存在になった自身をそう名付けていた。

その膨大な魔力は本来、魔術を使える者ーー昂にも引けを取らない強力なものだった。

そして、焔が仕える輝明は、さらにその上を行く存在になるはずだーー。


焔は暫く綾花達を追尾していたが、やがて足を止め、踵を返す。

そして、主君である輝明に、事の次第を報せるために阿南家へと戻り始める。


「全てを覆すんだろう? なら、輝明、俺にーー世界にその全てを見せてみろよ。てめえはなんせ、俺が唯一、認めた主君、『アポカリウスの王』なんだからよ」


焔は不敵に笑う。

自身が掲げた理想を成すその日を夢見ながら、前に突き進んでいった。






「……ったく、朝から面白い現象が見れたぜ」


焔の心を満たすような不可解な出来事はなかなか起こらない。

そもそも、日常が非日常に変わる日など、めったにお目にかからない。

それでも、先程の現象を目の当たりにした時は、いささか愉悦を覚えた。


昂の分身体達の暴走という謎の現象ーー。

魔術を行使したはずの昂が、自身の分身体達を消せなかったという不可解な事実。


ちなみに、その現象を引き起こしたのは焔ではない。

別のーー恐らく、魔術の関係者によるものだろう。

焔は面白くて仕方ないとばかりに、屋敷へと戻った後も思考を深める。

魔術そのものが非日常っていう考えもあるが、長年、魔術の家系の一人として垣間見てきたせいか、慣れ親しんでしまっている節がある。


あの舞波昂の分身体達を消失させない現象を引き起こしたのは誰なんだろうな……。

陽向の魔術か、もしくはあの黒峯蓮馬の魔術の知識によるものかもしれないな。


漏れる陽が細長い窓を暗く彩り、思考に沈む焔の髪をしめやかに撫で付けた。

自室に入れば、表情が乏しい女性が儚げな眼差しをゆっくりと焔へ向ける。


「また、俺のお目付け役かよ……」


焔の冷たい視線が、虚ろな女性を射抜いた。

女性は人間ではない。

阿南家の魔術の使い手が用いる自動人形(オートマタ)だ。

阿南家の魔術の家系の者は生来、魔術の影響を受け付けない。

それと同時に、魔術回路を内臓する自動人形を操る使い手という一面を持ち合わせていた。

人格も意思も持たず、阿南家の魔術の使い手の定められた指示にだけ従う存在。

彼らを使役し、阿南家の魔術の家系の者達は予見どおりに事が進めることができた。

目の前に佇む女性は、焔の祖父が操る自動人形だ。

頻繁に問題を起こす焔のお目付け役として、祖父は度々、彼女を焔のもとへと向かわせている。

今回もまた、監視の意味を込めて、焔のもとへと赴かせたのだろう。

昨夜、焔は阿南家の者達の許しもなしに、陽向が入院している総合病院に赴いてしまったのだから。


「……煩わしいこと、この上ねぇな」


焔の無愛想な嘆きは、祖父には届かない。

目の前の女性にも伝わらない。

高校に登校している輝明にも、不満を口にすることは出来ない。

だからこそ、焔は不満を口伝するために、下校時間に合わせて輝明が通っている高校まで足を運ぶ必要があった。





昂は微睡みの中にいた。

それは、今の自分へと繋がる始まりの夢。

魔術という存在を初めて知った昔日の出来事だった。


「魔術書のお土産……?」


魔術書を目の当たりにした幼い昂はぱあっと顔を輝かせていた。

海外から昂の父親が持ち帰った魔術書。

それを手にした昂は感無量の面持ちで見つめる。


「父上、この本からすごい魔力を感じるのだ……!」


毅然とした雰囲気を醸し出す昂の父親は、喜び勇んだ昂の頭を優しく撫でた。


「ああ。社長が昂なら使えるだろうと踏んで売ってくれたんだ」

「素晴らしいものなのだ!」


昂の父親の溺愛ぶりに、昂はどこまでも感銘を受けている。

昂の父親が仕事で海外に赴いた時に、お土産として購入してきてくれた魔術書。

それは、昂が魔術を使えることを知った玄の父親が売買という形で譲ってくれたものだった。

魔術の家系でもない。

魔術に携わる家系の血筋でもない。

それでも昂が魔術を行使できているのは、彼の執念が生んだ努力の賜物なのだろう。

しかし、その努力の蓄積が、魔術以外の別の方面で生かされることはなかった。

そして、何故、玄の父親が貴重な魔術書を自身に譲ったのか、その思惑を図り知ることはなかった。

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