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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術深淵編
243/446

第ニ十八章 根本的に灰の街に青が降る④

陽向が確固たる決意を示す前ーー。

時は、綾花がいつものように湖潤高校に登校しようとしていた頃に遡る。


「何故だーー! 何故、こんなことになっているのだ!!」


昂は頭を抱えて、虚を突かれたように絶叫していた。

まさに、昂の心中は穏やかではない状況だった。

視界に映るのは、見慣れた自分の部屋だ。

都市部から外れた場所に立つ一軒家。

昂の家では、昂にとって想定外な事態が起こっていた。


「ひいっ! 綾花ちゃん、助けてほしいのだーー!!」


昂は悲痛な叫びとともに、魔術で彼らの動きを止めようとする。

しかし、彼らはそれを難なく避けると、ある一点の目的意識を掲げた。


「「「綾花ちゃんと一緒に、黒峯陽向のもとに行くべきだ!!」」」


彼らーー昂の分身体達が総出で突撃してくるという怪奇な現象。

全ての昂の分身体達が家を出て、綾花のマンションめがけて一糸不乱に押しかけようとしている。

昂は妨害に撤しながらも、綾花に何とかして事情を伝えようとしていた。






「ううっ……」

「そろそろ出ないと会社に間に合わなくなるな」

「困ったわね」


翌日、マンションの玄関で、妙に感情を込めて唸る綾花と困惑した表情を浮かべる綾花の両親の姿があった。

登校する前だったのか、綾花は既に湖潤高校の制服を着ていた。


「綾花ちゃん、すまぬ。黒峯陽向に対して、奇襲を試みようとしたのだが、何故か突如、我の影武者達が反乱を起こしたのだ」


玄関口から辿々しく聞こえてくる、昂の我田引水な奇襲作戦の全貌。


「魔術の暴発によるものかもしれぬ。我の影武者達が愛する綾花ちゃんのもとに行ったのは、恐らく我の本能によるものだ」

「どうしよう……」


昂が語った突如、現れた来訪者達の正体。

目の前で起こった変化に悲鳴を上げる余裕もなく、綾花はそれらを甘んじて受け入れるしかなかった。


「我は先手を打って謀反返しをしようとしたのだが、我では手に負えなかった……。綾花ちゃん、すまぬ。今すぐ、井上拓也と布施元樹に救援を呼んでほしい……」


そこで昂は力尽きたのか、声が途絶える。


「舞波くん!」


マンションのドアの前に駆け寄った綾花に応えたのは、微かな吐息だけ。

昂は自身の分身体達の攻勢によって、死の淵に沈もうとしていた。


「舞波くん、大丈夫?」

「……はあはあ、苦しいのだ、綾花ちゃん」


疲弊した昂など、人数で圧倒する昂の分身体達の敵ではなかった。

まさに鎧袖一触。

昂はあっという間に蹴散らされる。

実際は魔術を使って逃れれば、危険を回避することが出来たのだが、今の昂にそのような思考回路は働かなかった。

動揺を隠せない綾花の様子に目を瞬きながら、綾花の母親は事情を訊ねる。


「綾花、今回の件は舞波くんの魔術によるものだったの?」

「……うん」


綾花は携帯を鞄に入れると、確かな躊躇いを表情に刻ませた。

事情を把握した綾花の母親は改めて、問いかけるような瞳を綾花に向ける。


「舞波くんの仕業なら、舞波さんか上岡さんか、先生達に相談するしかないわね」

「ううっ……。舞波くん達、まだ、玄関にいるのかな」


不安を募らせた綾花は弱音のように悲痛な呟きを漏らす。

綾花の父親は自分でもあまり気持ち良くないことを自覚しつつ、突然の訪問者達を招く原因となった昂を責めるように言う。


「昨日の今日で総合病院に奇襲を仕掛けようとするなんて、舞波くんはかなり強引すぎるな」

「で、でも、それはきっと、舞波くんにとって魔術書が大切な宝物だったからだと思うの」


綾花の父親の悲憤に、綾花が取り次ぐように沈痛な面持ちで訴える。


「綾花。だからといって、迷惑行為をしていい理由にはならないだろう」


スーツに身を包んだ綾花の父親は、困惑しつつも居住まいを正した。

綾花は再び、携帯を取り出すと、取り急ぎ拓也へと救援の電話をかける。


「綾花、朝早くからどうしたんだ?」

「あのね、たっくん。舞波くんが魔術を使おうとして失敗したみたいなの。その影響で今、たくさんの舞波くん達がマンションの玄関の前に押し寄せてきているの」


電話に出た拓也の疑問に答えるように、綾花は不安を覗かせるように玄関へと視線を向けた。


「な、なんだ、それは?」


予想外の展開に、いまだに事情が呑み込めない拓也は思わず、辟易する。


「舞波のやつ、こんなに朝早くから魔術を使ったのか? いや、それよりもなんで、たくさんの舞波達が玄関の前に押し寄せてきているんだ?」

「舞波くん。なんでも、陽向くんに再戦を申し込もうとして、魔術を使ったみたいなの」

「陽向くんへの再戦……! それで舞波の分身体達が押し寄せてきているか」


ふと湧いた疑問は、綾花の説明であっさりと終息していく。

先程まで抱いていた懸念が払拭した拓也は苦々しくため息を吐いた。


「でも、魔術が暴発して、舞波くんの分身体がみんな一斉に、私に会うためにマンションへと押し寄せてきたの。みんな、私も一緒に、陽向くんが入院している病院に赴いてくれるまでは、玄関の前から動かないって。でも、もうすぐ、お父さんの出勤時間だから、お父さんもお母さんもすごく困っているの」

「はあ?」


あまりにもストーカーまがいな行動と勝手極まる言い草。

それは本来の昂だけではなく、昂の分身体達であっても寸分違わない。

拓也の表情は耐えきれないほど、怒りに満ちたものだった。


「舞波くんも来てくれているんだけど、舞波くんの分身体のみんなに打ち負かされてしまったみたいなの」

「本当に先行きが不安だな」


綾花が語った昂の現状に、拓也は忌々しさを隠さずにつぶやいた。

あまりにも突拍子のない、昂の型破りな作戦が引き起こしたあるまじき悲劇。

これから他の魔術関係者達にも対処する必要性があるのに、肝心の要の昂は今日も騒ぎを引き起こして自ら死の淵に沈もうとしている。


「お父さんが今、警察に電話して対処してもらおうか悩んでいるんだけど、どうしたらいいのかな?」

「俺も、警察に電話するべきだと思う。ただ、舞波の魔術が引き起こした現象だから、俺と元樹が着くまでは舞波達を逮捕するのは待ってもらえるか」


綾花の戸惑いに、怒り心頭の拓也はきっぱりとそう答えた。






「我は悪くない! ただ、黒峯陽向が入院している総合病院に乗り込まなくてはいけないと思ったまでだ!」

「……ほう。詳しい話は署で聞こうか」


警察官の無慈悲な逮捕宣告に、昂は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。


「ひいっ! あ、綾花ちゃん、助けてほしいのだ!」


昂は抵抗も虚しく、警察官にあっさりと拘束される。


「舞波くん!」

「綾花ちゃん……!」


その時、昂は駆け寄ってくる綾花の姿を目の当たりにした。

昂は嬉しくて仕方ないとばかりに、ぱあっと顔を綻ばせたのだった。

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