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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術深淵編
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第ニ十六章 根本的に灰の街に青が降る②

それはまだ、玄達が中学に入学する前の幼い頃の想い出。

病室に訪れた玄達に、陽向は自身が願った想いを口にする。


「玄達と一緒に遊べたらいいな」

「陽向くん。だったら、約束しよう」


問いにもならないような陽向のつぶやきに、麻白は信じられないと言わんばかりに両手を広げた。


「約束?」

「うん、玄、大輝、これからもずっと一緒! そして、陽向くんもずっと一緒!」


目を丸くし、驚きの表情を浮かべた陽向を見て、麻白は意味ありげに玄達に視線を向ける。


「そうだな」

「ずっと一緒か。悪くないよな」

「えっ?」


玄と大輝の言葉に、陽向は驚いたように目を見開いた。

玄はため息を吐きながらも、いつものように麻白の頭を優しく撫でる。


「麻白、俺達はこれからもずっと一緒だ」

「うん」


麻白がぱあっと顔を輝かせるのを見て、玄は思わず苦笑してしまう。

やがて視界は移り変わり、頭を押さえた麻白の姿をした綾花がゆっくりと陽向に歩み寄ってきた。


「綾花のーー進のままでも、私はこれからも陽向くんと一緒だよ」

「……麻白はもう、麻白としての自覚を持っているはずなのに……」


陽向が怪訝そうに見つめている先で、綾花は必死としか言えない眼差しを陽向に向けてくる。

まるで明るい未来を信じているような言葉に、陽向は懐かしい記憶を刺激され、微かな痛みを覚えた。

やがて再び、視界は移り変わり、焔が興味を示すようにベッドから起き上がった陽向へと目を向けている。


「少なくとも僕は、阿南家の人達にーー輝明くん達に興味を持っているから」

「……ああ、そうこなくちゃな」


魔術の本家の一人である陽向の布告に、焔が抱いていたような逡巡や不安の揺れはない。

陽向の振る舞いに、焔は心から安堵し、意思を固めた。


「輝明は、俺が唯一、認めた主君なんだからよ! 俺は輝明が一番、強い奴になればいいんだ! そのためなら、何でもするぜ! たとえ、それが陽向達と相対することになってもな!」


挑戦的な陽向の意思を阻むように、焔は断固たる口調で言い切る。


それは彼の過去が囁く焦燥か。

あるいは未来を求める際の心の枯渇か。

ーーいや、どちらでもあるのだろう。


絶望から解き放たれた焔の望みは、輝明とともに魔術という概念を変容させることなのだからーー。


「焔くんが認める輝明くんの力……。どんな力なんだろう……」


陽向は夢か現かも分からぬ微睡みの中を揺蕩う。

やがて、陽向は眩しい光に包まれたと同時に瞼を開く。


「ここは……病室だよね」


点滴を施されていた陽向は、ベッドから起き上がった。

真っ白で、でも無機質ではない、残酷なほどに穏やかな空気が流れる病室には陽向しかいない。

身体を起こした陽向は両手を伸ばすと、眠たげに瞼を動かした。


「麻白……」


麻白のーー綾花達の決意の眼差しが、陽向を掴んで離さない。

あの日から、陽向の心に曇りが生じていた。

麻白達が、自分から離れていく。

玄達と決別する事への恐怖に怯えていた。

陽向が視線を向けた先には窓があり、夜闇の空が何処までも広がっている。


「僕はそれでも、麻白に戻ってきてほしいよ。戻ってきてほしいんだ」


陽向は苦渋の表情を浮かべたまま、何度も同じ言葉を繰り返す。

生前のーーそして、今の麻白の笑った顔も、泣いた顔も、恥ずかしがる顔も、ふて腐れた顔も、全てが愛おしいと感じる。

それは、陽向にとっても、今も昔も変わることのない不変の事実だった。


だけど、陽向はどうしても、麻白に戻ってきてほしかったーー。


ただそれだけの想いが激しく陽向の心臓を打ち鳴らし、ひとかけらの冷静さをも奪い去ってしまっていた。

しかし、その後、玄達と訣別する可能性が生じることに対して躊躇いを生む。


「ねえ、玄、麻白、大輝。僕はどうしたらいいのかな?」

「随分と、辛気臭い顔をしてやがるな」


緊迫した静謐を壊すような鋭い声が響き渡る。


「よお、陽向」


心なしか、喜色に弾んだ声。

陽向が振り返ると、そこには焔が不敵に微笑んでいた。


「焔くん、帰ったんじゃなかったの……? てっきり、阿南家に戻ったのか、昂くん達のところに行ったと思っていた」


陽向が見せる真摯な瞳。

その中に隠された不安と戸惑いを、焔は軽い笑いで受け流す。


「おいおい。俺がここにいるのが、そんなに不思議かよ! まあ、強いていえば、確かに阿南家には戻ったけどな」

「もしかして、ここにいる焔くんは魔術による幻影? 焔くん、すごいね。僕、てっきり、本物の焔くんがここに居ると思っていた」


焔の発した予想外な事実に、陽向は抑えようとしても抑えることのできない情動を抱く。


時間制限を気にすることもなく、魔術を発現することが出来たのは焔の魔術によるものだ。

阿南家の魔術の家系の者は生来、魔術や魔術の知識の影響を受け付けない。

それと同時に、魔術回路を内臓する自動人形(オートマタ)を操る使い手という一面を持ち合わせていた。

人格も意思も持たず、阿南家の魔術の使い手の定められた指示にだけ従う存在。

彼らを使役し、阿南家の魔術の家系の者達は予見どおりに事が進めることができた。

魔術の本家からは分家の一つと告げられているとはいえ、阿南家の力は本家よりも計り知れないものがあると陽向は感じている。

そして、大会会場で目にした輝明の力の淵源。

綾花は輝明の激励により、あかりに憑依しており、なおかつ、時間が止まっているはずの進を呼び起こすという奇跡を発現させた。

あの未知の力は、玄の父親が使う魔術の知識とは根源から異なる力かもしれない。


「輝明くんだったよね? 次に会った時は、昂くんの力だけではなく、輝明くんの力を見てみたいな」


陽向は未知数である、輝明の魔術を垣間見ることを望んでいる。

だからこそ、好敵手である昂だけではなく、輝明に興味を示す事も当然の帰結だった。


「もちろん、焔くんの力もね」

「上等だ」


魔術を使う者への憧憬。

淡々とした口調の中に、焔は陽向の抱えたものの根深さを垣間見る。


魔術に関わる家系の者ではないのに、魔術を行使する昂。

未知の力を秘めた阿南家の家主の息子である輝明。

そんな輝明を主君として持ち上げる焔。

陽向は異なる経緯の三人に興味を示す。


魔術の素質がなかった僕も、昂くん達のような魔術を使える存在になりたい。


それは陽向が昂と輝明、そして焔の存在を知る前も、知った後も、変わることのなかった不変の事実。

媒介した魔術書に記載されているものだけだが、陽向は魔術を行使することができた。

それは一時的とはいえ、陽向は昂達と同じように魔術を使えるようになったといえるのかもしれない。

だからこそ、それを叶えてくれた玄の父親の力になりたいと願った。

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